富士の風に吹かれて~契山館 静岡分会

霊的な真実を探る旅に出かけよう!

ボランティア

山口県で行方不明になっていた2才の男の子。大分から来た捜索ボランティアの尾畠春夫さんが、捜索から僅か30分程で、その男の子を発見したとの事。

尾畠さんは、ボランティアを行う人達の間では、師匠と呼ばれ、過去には、大分で行方不明の女児を発見し、また、全国の被災地をボランティア活動をする為、回っているそうです。

これだけでも、充分、凄い事ですが、更に驚くのはボランティアだからと、相手に負担を掛けないよう、お礼としての金品は、一切、受け取らず、お風呂や食事も固辞され、敢えて受けるとしたら、お水の一杯だけ...。

その上で、恩に着せるような事を言わないのが、尾畠さんの信念のようです。

まさに日本のマザーテレサのような方と言っても過言ではないでしょう。

恐らく人を助ける事、それによって喜んで貰える事。それだけが尾畠さんの生き甲斐なのではないでしょうか?

無私無欲の、そうした姿は、なかなか真似が出来るものではありません。

特に物質偏重主義、全てが計算ずくの現代では、こうした方は、光る宝石のような方と言えるでしょう。

しかし実は、あの世、つまり死後の世界とも言える世界には、尾畠さんのような無私無欲の人(霊魂)が、たくさん居らっしゃるのでした。

それは高級霊魂と言われる存在でした。

例えば、人には本来であれば、守護霊、指導霊といった存在が、人の霊的成長を促す為、担当する事に成っています。

ここで言う守護霊、指導霊は幽質界の上位に属し、長い間、修行を積み、霊力と叡智を兼ね備えた高級霊魂です。より上位の霊魂の命を受け、人の生まれる前後より、死後の暫くの間まで、人を導かんとされる存在です。

どんなに人が落ちても、最後まで手を差し伸べようとし、地上の親より誰より、ご自分の担当する人間を愛して下さっています。決して、最近、亡くなったような先祖の霊魂では有りません。

担当する地上の人間が、あまりに物質中心の生き方で、守護霊、指導霊との霊的な距離が遠過ぎる場合は、その間を取り次ぐ霊魂として、補助霊といった、より地上に近い存在が入ります。

しかし、現代人は、あまりに無神論、無信仰の人ばかりに成ってしまい、補助霊からも見えないといった状況が殆どのようです。

それは、信仰によって、高級な霊魂よりの高級な幽気を、自身の幽体に受ける事が全く無い為、
幽体オーラが輝かない事によるのでした。

幽体オーラが輝かないと、高級な霊魂が、上空から見た時、真っ暗闇にしか映らないのです。何も見えないのです。当然、全く見えなければ、なんとかしたくても、何もする事が出来ません。

それでも何かの折、人が真剣に神や仏といった高貴な存在を求め、一瞬でも、地上の人間が見えれば、
人の幽体に活力を与えようと、高級な幽気を降ろしたり、不道徳な霊魂が周りをうろついていれば、追い払ったり、人の知らないところで、涙ぐましい程の働きをされたりします。

時には、地上の人間の為、不道徳な霊魂と戦って、本来の世界に戻れなく成る程、輝いていた幽体を落としてしまう、高級な霊魂方も居らっしゃるようです。

仮に、大きな災害が起き、多くの方が亡くなると、上層へ救い出そうとする高級な霊魂団、下層へ連れ去ろうとする邪霊集団の双方が入り乱れます。

高級な霊魂方は亡くなった方を守ろうと、邪霊に切りつけられ、手が飛ぼうと、脚が飛ぼうと、必死にかばいます。

高級な霊魂方は、そのような命懸けの働きをされていますが、地上の人間からは、何一つ感謝されないばかりか、存在にすら気づいて貰えません。

人に寄り添おうとする高級な霊魂を無視して、パワースポットブームに踊らされ、巷の神社仏閣へ行っては、虫の良い願い事を祈り、御朱印を貰っては、スタンプラリーのように勘違いしている人も居ます。

浮ついた気持ちで、真剣な光が無ければ、やがて神社仏閣を出入りする邪霊に目を付けられる人も出てきます。

そうした時、その方の守護霊、指導霊、補助霊方は涙を流し、悲しんでいます。

それでも、なんとか担当する地上の人間が霊的な進歩向上を得る為、霊的な団体や人に縁を付けようと、働かれる事が有ります。

もしかすると、今、この瞬間、このサイトをご覧頂いている事が、守護霊、指導霊、補助霊方の導きかも知れません。

情報があまりに溢れる現代社会で、是非、このチャンスを逃さないようにして頂きたいと思います。

守護霊、指導霊、補助霊方は、担当する地上の人間が、霊的には漆黒の闇に包まれ、全く見えない状態でも、幾多の困難を乗り越えながら、ここまで導いて来られたかも知れません。

もし、このサイト、または他の霊魂学関連サイトを訪れた方が、霊的な一歩を踏み出そうと決心された時、守護霊、指導霊、補助霊方は、涙を流して心の底から喜んでいます。

また、それが、そうした霊魂方への最大の恩返しとも言えるでしょう。

守護霊、指導霊、補助霊方にとって、地上の人間の霊的な成長が最大の願いだからです。それ以外に、そうした霊魂方の喜びや受け取るものは何一つ無いのです。

目先のご利益のみを与えて、人を釣ろうとするのは邪霊の道。それは邪霊に魂を売った事であり、仮に、この世では大成功したとしても、少なくとも死後は、その代償を払わなければなりません。

借りたものを返すのは当然であり、地上のギャングより恐ろしい邪霊に対するツケは、相当に大きいと言えるでしょう。

勿論、この世の生活も大切です。しかし守護霊、指導霊、補助霊方は、人の魂の長い歴史を考えた上で、常に導こうとされています。

子供が欲しがるからと、好きなだけ甘いお菓子を与えていては、虫歯だらけに成るし、いつかは病気に成ってしまいます。

単なる甘やかしは、本当の愛では無いのです。

此方や関連サイトに書かれている事は、これまでの人生で知り得た事とは、違う事が書かれているかも知れません。スピリチュアルのように甘い言葉は書かれていないかも知れません。厳しい事も書かれているかも知れません。

でも、それは水波霊魂学が、高級な霊魂方の真に深い愛から成り立っているからと言えるでしょう。

そうした事を、ご理解頂き、此方や関連サイトを読み進めて頂けたらと思います。

そして、少しでも、ご賛同頂ける部分が有りましたら、リンク先にも有ります、最寄りの契山館 各支部・分会を一度、ご見学頂けますと幸いに思います。

太郎

IMG_0088

★水波霊魂学 夏イベント開催中!(アンケート / 動画) 7/1~8/31

http://shizuokakeizankan.blog.jp/archives/10308753.html

★水波霊魂学 電子書籍集 (kindle版)


※ この度、水波霊魂学の電子書籍が刊行されました。是非、ご一読ください!

http://shizuokakeizankan.blog.jp/archives/10471322.html

★ブログランキングに参加中。クリック頂けると幸いです。
    ↓

なぜ、今、契山館なのか

《契山館》は、霊媒である《水波一郎師》が、《高級霊魂》の方々から受け取られた、《水波霊魂学》を学び、同様に、水波師を通して《神霊》が与えて下さった、《神伝の法》という《霊的トレーニング法》を実習する団体です。

それらにより、《幽体》と呼ばれる霊的身体等を鍛え、霊的な成長を目指しています。

さて、それではなぜ、今、私たちは《契山館》で学ぶ必要があるのでしょうか?

昔は、私達の周囲の霊的環境が、現代ほど悪くはなかったので、伝統的な宗教を真面目に信仰していれば、死後は普通に幸せに生活できる世界に、入れる可能性が高かったそうです。

しかし現代は、人々から素朴な《信仰心》が失われ、良好な《幽気》(霊的な気)が降りる場所がなくなりました。

さらに、そこら中を、不道徳な霊魂や邪霊という、未発達で未熟な霊魂や悪霊が、跋扈する時代になってしまいました。

私たち物質界に生きる人間の肉体には、《幽体》という名の、《死後の世界》(幽質界)で、表面に出てくる霊的身体が重なっています。

この《幽体》の活力を高め、その健康を維持するためには、《幽体》の栄養源でもある、良好な《幽気》を吸収することが、必要なのです。

けれども、先に述べましたように、現在の物質界には、良好な《幽気》が降りなくなってしまいました。

私たちの《幽体》は、日常生活の中で、重要な栄養源である、良好な《幽気》を吸収することが出来なくなってしまったのです。

その結果、現代人の《幽体》は、栄養失調に陥り、活力のない不健康な状態になってしまいました。

その上、肉体器官では感知できませんが、私たちの《幽体》は、日々、不道徳な霊魂や邪霊と接触することにより、穢れていっているのです。

それはあたかも、何ヵ月も入浴をしてない人と接触し続けているうちに、その臭いが移ってしまうようなものかもしれません。

肉体の汚れは、入浴をすれば取れます。しかし、霊的な汚れである穢れは、肉体を洗っても落ちないのです。

さらに現代には悪い状況があります。それは、現代が激しい競争社会だということです。

望むと望まないとにかかわらず、現代人は、人と競わなければ生きていけないのが現実です。

人と競えば、多くの場合、優劣が決し、そこに勝者と敗者が生まれます。そのため、攻撃の念や嫉妬の念、恨みの念等が飛び交うことになるのです。

それらの念は、《幽体》の意識から出るので、肉体が影響を受けることはありません。しかし、攻撃性の強い念は、まるで弓矢や弾丸のように《幽体》を傷付け、ボロボロにするのです。

ところで、私たちが死後に向かう《幽質界》は、いくつもの階層に分かれた世界なのだそうです。そして、死後に入る階層を決める基準が、《幽体の活力や健康状態、その成長の度合い》なのだそうです。

《幽質界》では、上の世界へ行くほど、《幽体》に活力があり、健康状態も良く、《幽体》の成長の度合いが高い《霊魂》が住んでいるそうです。

一方、下の世界へ行くほど、その逆、すなわち、《幽体》に活力がなく、健康状態が悪く、《幽体》が未成長な《霊魂》が住んでいるそうです。

そして、上の方の世界は、幸せに生きられる、素晴らしい世界のようですが、下の方は、苦痛と恐怖に満ちた世界のようで、最下層は一般に地獄と呼ばれるような、おぞましい世界のようです。

もしも、死後に、そのような下の世界へ入ってしまったら、想像を絶するような耐え難い苦しみが、いつ終わるとも知れず、いつまでも続ていくのだそうです。《幽体》には死がないので、苦痛に終わりがないのです。

さて、ここが問題です。

先ほど述べましたような、良好な《幽気》を吸えず活力を失い、不道徳な《霊魂》や邪霊に穢され、攻撃的な念を受けたボロボロの《幽体》。このような《幽体》の所持者が、死後に入る世界は、どこなのでしょうか?

それは残念ながら、苦痛と恐怖に満ちた下の世界である可能性が極めて高いのです。

さらに、問題は、《死後の世界》のことだけではないのです。

私たちの《幽体》の状態は、この物質界で生きる間の幸不幸にも、大きな影響を与えているのです。

実は、《幽体》というものは、その成長の度合いの近い者同士でないと、互いに視界に入らず、認識し合えないらしいのです。

認識し合えないということは、意思の疎通が図れず、影響を与え合えないと言うことです。

これは肉体と《幽体》が重なっている物質界の人間と、肉体を持たない《霊魂》との間でも同じです。

本来、物質界の人間には、各人に《守護霊・指導霊》という《高級霊魂》が担当者として付いて下さっていて、死後、下の世界へ落ちることがないように、ご尽力下さることになっているのです。

けれども、《守護霊・指導霊》の方の《幽体》のレベルは、現代の物質界の人間の穢れた《幽体》とは、比べ物にならないほど高いのです。

そうなると、ほとんどの現代人の《幽体》は、《守護霊》や《指導霊》どころか、助手役の《補助霊》という存在の視界にすら入るのが難しくなり、その所在さえ確認出来なくなるそうで、多くの場合、《守護霊・指導霊》は、何もすることが出来ないのだそうです。

一方、現代人の不健康で穢れた《幽体》は、不道徳な《霊魂》や邪霊の《幽体》レベルに近く、容易に彼らの視界に入ってしまうのです。

そうなると彼らは、その視界に入った人間の《幽体》に、悪戯をしたり、場合によっては、不幸になるよう画策をすることが出来てしまうのです。

その結果、その悪戯や干渉を受けた方の《幽体》は、さらに穢れを増していくことになります。

なお、《幽質界》が階層に分かれているのも同じ理由で、《幽体》レベルが近い者同士でないと、同じ階層には住めないのだそうです。

結局、自身の《幽体》レベルに合った所が、《幽体》にとっての、一番居心地が良い階層で、その他の階層では、長時間、過ごすことは無理のようなのです。

さて、それでは、私たちは、どうすれば良いのでしょうか?

もしかしたら、宗教的教義を学んで、善行・愛行を行えば良いと思われるかもしれません。

しかし、それでは駄目なのです。

もちろん、善行や愛行を行い、人格を高めることは素晴らしいことです。

でもそれは、肉体の脳内のことであって、《幽体の健康状態》を改善したり、《幽体を成長させる》ものではありません。

肉体には肉体の意識があり、《幽体》には《幽体の意識》があります。それは、どちらも自分自身ではありますが、別の身体、別の意識であり、別の自分なのです。

ですから、肉体意識が、いくら善行・愛行を行じて、肉体意識の人格が高まっても、それはあくまでも、肉体意識内のことであって、それによって《幽体》が変わることはないのです。

別の角度から申し上げますと、肉体の健康を維持するためには、適切な栄養摂取や適度な運動が欠かせません。善行や愛行で、肉体の健康を維持することは出来ないのです。

また、肉体が病気になれば、治療を受ける必要があります。善行や愛行を行っても、病気は治りません。

同じように、《幽体の健康》を維持するためには、《幽体》にとっての栄養摂取と、運動に当たるものが必要なのです。

また、《幽体》が健康を損ねた時には、その健康を回復させるための治療が必要です。

では、《幽体の健康》を回復させたり、《幽体》に必要な栄養を摂取するには、どうすれば良いのでしょうか?

実は、そのために必要な修行法や技法が、全て《契山館》にはあるのです。

それが《神伝の法》という修行法と、《霊的技術》(霊術)という技法です。

どうぞ、《契山館》で《水波霊魂学》を学び、《神伝の法》を実習なさって下さい。

そうすれば、《幽体》は健康になり、格段に成長しますから、死後、下の世界へ落ちて苦しむ可能性は、ほぼなくなります。

また、この物質世界においては、《幽体》のレベルが、《守護霊・指導霊》のレベルに近づいていきますから、《守護霊・指導霊》の視界に入ることが出来ます。そうなれば、確実に霊的成長が図れるよう、指導が受けられます。

一方、不道徳な《霊魂》や邪霊とは、《幽体》のレベルが遠くなるので、そのような存在の視覚には入りにくくなり、悪戯や干渉を受けることがなくなります。

このように、《契山館》では、《死後の世界まで続く本当の幸福》について学ぶことができます。

《死後の世界まで続く幸福》を、確実に実現するための《神伝の法》を実習することができます。

この機会に、ぜひ、《死後の世界まで続く幸福》への道にお入り下さい。

◆『死後まで続く幸福のために』-霊魂や低い幽気の悪影響を防ぐ(電子書籍版)

https://www.amazon.co.jp/dp/B07C757XDW/

◆『死後まで続く幸福のために』-霊魂や低い幽気の悪影響を防ぐ(ペーパーバック版)

https://www.amazon.co.jp/dp/4815003114/


なおいー

IMG_1699

★水波霊魂学 夏イベント開催中!(アンケート / 動画) 7/1~8/31

http://shizuokakeizankan.blog.jp/archives/10308753.html


★水波霊魂学 電子書籍集 (kindle版)

※ この度、水波霊魂学の電子書籍が刊行されました。是非、ご一読ください!

http://shizuokakeizankan.blog.jp/archives/10471322.html

★ブログランキングに参加中。クリック頂けると幸いです。
    ↓

笠雲

契山館静岡分会のmr.poraiです。

今回もmr.porai節にお付き合い下さい。

暦の上では立秋を過ぎましたが、暑さはまだまだ続きます。

この街は富士南麓に所在しますが、この時期の日中、富士山のお姿を見ることができる機会は少ないです。

たとえ天気が「晴れ」でも、お山は雲に閉ざされております。

しいていえば、大気の状態が落ち着いている明け方に、お姿を見ることができる可能性は少し高くなるようです。

日が昇り気温が上昇すると、湿った空気が熱されて上昇気流が生じるのでしょうか、雲がわいてきます。

『富士山の見ゆる日なりき靴を買ふ 渡邊白泉』

ことさらに富士山が見えると表現した、この俳句で詠まれた季節は、春から夏であることが実感できます。

また、空気が澄む秋から冬にかけては、さえぎるものもなく、優雅に裾をひく富士山を見ることができるのは、この街ならではです。

さて、台風の季節が到来しました。

台風が日本海側を廻る際、この街に直接的な影響がでることは、あまりありません。

しかし、富士山の標高が高い場所では、大きな影響を受けるそうです。

日本海側に廻った台風は、南から水蒸気をたっぷり含んだ空気を呼び込むのだそうです。

この街では感じられませんが、高い上空では大変に強い気流となっているようで、富士山にぶつかる際、雲がわくようです。

この場合、雲中の富士山では暴風雨になっていることが多いとのことです。

そう言えば、富士山に掛かる濃い笠雲の下は暴風雨、笠雲が薄ければ、降雨はないものの強風が吹き荒れていると、聞いたことがあります。

★『真実を求めて』- 悪魔の霊言を知る

https://www.amazon.co.jp/dp/486543187X/

第三章の9 悪魔の霊言 3 新しい神話 を御覧下さい。

今、富士山には低い幽気が立ちこめているとのことです。

それもそのはず、大勢の物見遊山の観光客が低い幽気をまき散らして行くからです。

暴風雨時の富士山頂を歩き回ることは、とてもじゃないですけど不可能です。

何せ、車が飛ばされるような大風が吹いているのですから。

暴風雨は気象的現象ですが、時に霊的に高級な存在は、風や雨にのせて霊的な力を流されるそうです。

mr.poraiは、地上に於ける「暴風雨神の最末端の手先」であるべく、笠雲を見るたび、「暴風雨神の御力により富士山が祓われますように」と願うのでした。

笠雲5

★水波霊魂学 夏イベント開催中!(アンケート / 動画) 7/1~8/31

http://shizuokakeizankan.blog.jp/archives/10308753.html


★水波霊魂学 電子書籍集 (kindle版)

※ この度、水波霊魂学の電子書籍が刊行されました。是非、ご一読ください!

http://shizuokakeizankan.blog.jp/archives/10471322.html

★ブログランキングに参加中。クリック頂けると幸いです。
    ↓

危機の実感

人間というものは、目の前に迫っている、目に見える危機を実感することは簡単です。

でも、実際には間近に迫っていても、目には見えない危機には鈍感な場合が多いもので
す。

たとえば、霊的な環境が極端に悪化している現代においては、巷に邪霊と呼ばれる、人間を不幸にすることに生き甲斐を感じているような悪い霊魂が溢れています。

でも、邪霊は目には見えないので、彼らに囲まれて、その悪い影響を受けていたとしても、気付かない場合がほとんどです。

不幸や災難が、まさか邪霊の関与により引き起こされているとは、思わないのです。

本当に邪霊が街に溢れているのです。

邪霊そのものは肉眼では見えませんが、邪霊の活動の痕跡は、様々な形で目にすることが出来ます。

ただ、ほとんどの方が、その事件や災害、不幸な出来事などの背後で暗躍する邪霊の存在に、全く気づいていません。

もし、その邪霊の姿が見えたら、人々は《契山館》の《神伝の法》に殺到するはずなのですが、分からないということは、本当に怖いものです。

「霊魂なんて存在しない」「霊魂なんて馬鹿らしい」「神なんているわけがない」「死後の世界なんて科学が未発達だった時代の迷信にすぎない」などと、無神論、物質信仰に陥ったまま、《死》を迎えたらどうなるのでしょうか?

何の準備もしないまま、見知らぬ国の暗黒街に放置されるようなものだとしたら?

もう、人類はこのまま邪霊の催眠術にかかり続けてはいけません。絶対にいけません。

人類は、もういい加減に目を覚まさなければいけません。

一人でも多くの方が、邪霊の催眠術の呪縛から解き放たれるよう、私達は今、声を上げています。

この世においても、あの世においても、もうこれ以上、霊的に不幸になる方を増やしたくないのです。

《霊魂》は存在します、《死後の世界》も存在します。

邪霊の干渉をこれ以上許さないためにも、《死後の世界》で暗黒街に放置されないためにも、この世においては肉体と重なっている、《幽体》という霊的身体を健全化し活力を高めなければなりません。

そのためのトレーニング法、《神伝の法》が《契山館》にはあります。

また、目に見える危機であっても、間近に迫っていないと、対岸の火事、他人事であって、具体的な危機の実感は得にくいものです。

たとえば、《死》は肉体を持つ人間にとっては、最大の危機ですが、遠い未来のことと漠然と考えていると、実感は持てません。

やはり世の中の皆さんを観察してみると、「自分自身の死」を実感することを避けたり、逃げておられる方が多いようです。

明日、生きている保証さえないのが現実なのに、当面、生きていると信じているか、または信じたいのだと思います。

皆さん、なかなか、強固な信仰心をお持ちなのです。何の根拠もないことを、信じておられるのですから。そして、遠い未来の事は考えたくないのです。

確かに、明日、死んでいる可能性より、生きている可能性の方が高い方がほとんどでしょう。でも、保障などありません。

そして、このブログをお読みの方の多くは50年後には、この世にはおられません。《霊魂》として、《幽質界》という《死後の世界》におられるでしょう。

100年後には、まず全ての方が《霊魂》になられています。

こういう内容を目にされると、「不吉だ」とか「縁起でもない」とか「怖い」などと思う方も、おられるかもしれません。

でも、逃げずに、現実を直視して頂きたいのです。

《死》が、絶対に避けられないのが現実なら、逃げずに《死》と真剣に向き合って頂きたいのです。

そして、《契山館》で《神伝の法》を行い、死後に備え、《死後まで続く幸福》を手に
して頂きたいのです。絶対に、この機会を逃さないで頂きたいのです。

なおいー

IMG_2306

★水波霊魂学 夏イベント開催中!(アンケート / 動画) 7/1~8/31

http://shizuokakeizankan.blog.jp/archives/10308753.html

★水波霊魂学 電子書籍集 (kindle版)

※ この度、水波霊魂学の電子書籍が刊行されました。是非、ご一読ください!

http://shizuokakeizankan.blog.jp/archives/10471322.html

★ブログランキングに参加中。クリック頂けると幸いです。
    ↓

ある修行者の独り言(「ボーッと生きてんじゃねーよ!」)


画像①[1]
(2018/07/13NHK放送「チコちゃんに叱られる」より)

NHKに、「チコちゃんに叱られる」という番組があります。

5歳児のチコちゃんが、ゲストに対して、日常生活において何らの疑問も持たずに当たり前に行っている事柄について、「何故?」「どうして、そうなの?」等と質問し、ゲストが答えられなければ、「ボーッと生きてんじゃねーよ!」と叱り飛ばして、答えを解説するという番組です。

チコちゃんの表情や声がユニークなのと、5歳の女児なのに中年のオッサンのような口調になったり、悪態をつく様子が面白く、人気を博しているようです。

この番組を見ると、「そういえば、どうしてだろう?」と、疑問が生じてきます。日常で何となくやり過ごしている事柄が多いことに、改めて気付かされます。

また、質問によっては、答えを当てさせるというよりも、人の心に訴えかけて考えさせるようなテーマもあるようです。

例えば、「親と一緒に過ごせる残り時間は?」という質問もあり、意外と残された時間が短い事に驚かされ、親との関係を見つめ直す契機になったりするようです。


画像②[1]
 
(チコちゃんに叱られる!―NHK-NHKオンラインより【http://www4.nhk.or.jp/chikochan/】)

では、チコちゃんに倣って質問です。
「人間の避けられない運命として【死】があるけど、死んだらそれでおしまい?」「魂が死後の世界に行くということは有り得ないの?」

これに対しては、「死んだら終わり。死後の世界はない。」と言い切る人が多くいらっしゃると思います。

でも、チコちゃん風に言えば、こういう突っ込みになるかもしれません。

「じゃあ、古今東西を問わず、人々が魂を信じてきたのは何故?」

「昔は科学が発達していなかったから、人々は魂を信じていたけど、科学が発達した現代においては、魂は存在しないと言うとしたら、論理が飛躍してない?だって、魂が存在するとしたら、それが向かう先は物理世界の法則を超えた霊的世界なんだから、科学で結論が出る分野じゃないよね? 科学の発達の度合いと、魂を信じるか否かは、理屈として無関係じゃないの?」

「そもそも、肉体の死によって人が無に帰すという根拠は何?」
「意識活動は肉体の脳の機能によるものであり、脳が不可逆的に機能を停止した以上、その人には自分という意識があるはずないから、無になるってこと?」

「そうすると、死は脳死なの? 心臓が動いていれば、日本においては原則として死亡を認定しないけれど(いわゆる三徴候説)、死が脳死だとすると、その人は既に無になっている事になるよね。」

「さぁ、どっち? 心臓が動いていても脳死なら既に無になってるの? それともまだ無ではないの?」

「ビッグバン理論って聞いたことあるよね?  宇宙は極端な高温密度の状態で生まれた後、拡張していっているという理論。

このビッグバンは、物理法則の普遍性、宇宙原理、コペルニクスの原理といった3つの仮定に依存していて、現在、観測的証拠としては肯定的なものと否定的なものがあるようであり、未だ「仮説」「推論」として扱われているみたいだね。勿論、誰もビッグバンを見たわけじゃないしさ。」

「それなのに、ビッグバンについては『絶対に無かった。』と確信する人は、いないよね。むしろ、科学者が唱えれば『そうかもしれない。』と信じる人ばかりじゃないの?」

「一方、宗教が『魂はある』と言うと、どうして、『有り得ない』と、確信をもって否定できるの?その理由は何?」

「えっ?答えられない?」
「ぼーっと生きてんじゃねーよ!」

「そもそも、死について何も考えないまま、死後の世界は無いという結論を出してんじゃないの?
人間は必ず死ぬ運命なんだから、死後、自分がどうなるか真剣に考えたらどうよ?」

画像③[3]
          
そうです。人は必ず死ぬのです。自分だって死ぬのです。だから、本来、真剣に追求して良いテーマなのです。

海外旅行に行く場合には、行き先国の情報を得て準備をしますよね。
それなのにするのに、自分が死んだ後の世界を考えないというのは、私としては不思議でなりません。

かく言う私も、守護霊や指導霊から、「ボーッと生きてんじゃねーよ!」と叱られそうです。日頃の修行にもっと気合いを入れる必要がありそうです。

ともあれ、皆さん、「死」について、自分の問題として一度は深く考えてみて下さいね。

まだ霊魂を信じていない方には、師が書かれた「霊魂は居ると思いますか?」という書物がお薦めです。

by ドーン

★水波霊魂学 夏イベント開催中!(アンケート / 動画) 7/1~8/31

http://shizuokakeizankan.blog.jp/archives/10308753.html

★水波霊魂学 電子書籍集 (kindle版)

※ この度、水波霊魂学の電子書籍が刊行されました。是非、ご一読ください!

http://shizuokakeizankan.blog.jp/archives/10471322.html

★ブログランキングに参加中。クリック頂けると幸いです。
    ↓

プロフィール

契山館 静岡分会

このブログの内容は契山館の公式な見解ではありません。書き込み者の自由な書き込みを期待する為に、内容については原則として分会は干渉していません。誹謗中傷など、誤解を受けるような部分がある場合等を除き、書き込みをする人達の見解を掲載しています

霊に関するアンケート

死後の世界や霊の事、皆様はどのようにお考えでしょうか?霊に関して皆様のご意見を、是非、お聞かせください!


最新コメント
月別アーカイブ
記事検索
メッセージ

名前
メール
本文
水波霊魂学 書籍集(ペーパーバック版)

















































※ Amazonにて販売中!中身の試し読みも可。

ギャラリー
  • ボランティア
  • なぜ、今、契山館なのか
  • 笠雲
  • 危機の実感
  • ある修行者の独り言(「ボーッと生きてんじゃねーよ!」)
  • ある修行者の独り言(「ボーッと生きてんじゃねーよ!」)
QRコード
QRコード
livedoor 天気
  • ライブドアブログ