富士の風に吹かれて~契山館 静岡分会

霊的な真実を探る旅に出かけよう!

台風一過表富士

静岡分会のmr.porai拝

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『霊魂イエス』を読みながら3

mimi 散策~~解釈は人それぞれですけれど。

イエス師は死後、復活という形でこの世に現れました。それは、「『死』は魂の終わりを意味するものではない」ということを身をもって示すためでした。

現代の私たちは、[宗教]という括りには、無関心になっています。ですから、そうした語りや文に出会わなければ、何も知らないままに死を迎えてしまいそうです。

多くの方が、『死後も魂は続き、生きていくのだ』と知るには、科学が証明するまで待たないといけないのでしょうか・・・それはいつになるのでしょう。

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表富士

契山館静岡分会のmr.poraiです。

mr.poraiの住む街は、富士山の湧水を利用した「製造業が盛んな街」です。

そのような街で、富士山を撮影しようとすれば、まぁほとんどの場合、人工物が映り込みます。

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なかには、工場施設と富士山の対比を見どころとする、ビューポイントもあるそうです。

富士山の尊厳を重んじる私どもと致しましては、いきおい、撮影場所が限定されてきます。

今回アップする写真は、mr.poraiの生活圏内で撮影したものです。

皆様方におかれましては、映り込んだ人工物を脳内変換のお力で「無きもの」として、富士山をご覧頂きたく存じます。

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なおいー写真紀行第2回、冬の北海道(その2)

本稿の内容は、私の主観的な旅の感想で、必ずしも《霊魂学》に基づいたものではありません。その前提でお読み頂ければ幸いです。


今回は、北海道の冬のイベント第1弾で、「小樽雪あかりの路」開催期間の小樽運河です。

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続いて

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小樽市は、札幌の北西40キロほどの所にある、人口12万人ほどの街です。JR線だと札幌から40分前後でしょうか。

余談ですが、北海道のJRの在来線で電車が走っているのは、一部の区間のみです。

札幌を中心としたエリアと、函館と北海道新幹線終点の新函館北斗の間のみです。

後の長大な区間は、電化されていないので電車は走れず、汽動車(ディーゼルカー)または、ディーゼル機関車に牽引されての運行になります。

ですから、北海道民の方が、「電車」と仰ることを、私はほとんどの耳にしませんでした。電車も含めて、「汽車」とか「列車」と、言われることが多かったのです。

ところが最近、道内で「電車」という単語を耳にする機会が増えました。ただし、道民の方で「電車」と言われる方が増えたのか、旅行者の方が「電車」と言われるのが耳に入るのかは不明です。

どうも全国的には、動力源に関わらず、鉄道のことを「電車」と呼ぶ傾向が強まっているとは感じています。

鉄道=列車=電車になりつつあるのでしょうか?それだけ、全国的に電車が走る区間が増えたのでしょう。

現在、幹線を電車が走っていないのは、北海道、山陰、四国くらいでしょうか。

最近の汽動車の走行性能は電車に迫るものがありますし、地方では鉄道利用者は減少傾向にありますから、これ以上、電化区間が増える可能性は低そうです。

さて、小樽は明治から昭和初期まで、石炭・木材・穀物の積出港として栄えた商業の街でした。

そのため、当時の歴史的建造物が、数多く現存していて、西洋風の異国情緒があふれる、北海道を代表する観光の街の一つになっています。

画像の運河沿いの倉庫群は、小樽駅から徒歩15分ほどで、小樽を代表する観光名所です。

画像は、毎年2月中旬に開催される「小樽雪あかりの道」期間中のもので、昼間とは全く違う趣があります。

小樽は日本海側の海沿いにあるので、道内にしては温暖で、夜間でもマイナス10℃以下になることは、それほど多くありません。また、日中もマイナス2~3℃くらいのことが多いようです。

積雪量は、平均1メートル前後で、札幌や旭川よりも多く、道内の市部の中では多い方です。

あまり急坂はありませんが、市街地は坂道が多いので、滑らないように足元には注意が必要です。

「小樽雪あかりの道」も、近年は観光客が多く、特に週末等は、初詣の参道状態です。

近年、特にアジア方面からの観光客の方に、冬の北海道の人気が高いようで、小樽に限らず、道内各地のホテルや交通機関の混雑が激しくなっています。

観光地もホテルも乗り物の中でも、聞こえるのは外国語ばかりで、とても日本国内にいるとは思えないようなことが、多くなりました。

日本の魅力を、海外の方に知って頂くことは、素晴らしいことですし、観光客が増えることは、物質界の経済原理の面からは歓迎すべきなのでしょうが、霊的な面を考えると、どうなのでしょうか。

結局のところ、観光客の方が、全て《神伝の法》で《幽体》を鍛えている方であれば、問題は解決なのですが・・・。

やはり、ほとんどの場所で、閑古鳥が鳴き続けていた頃の、冬の北海道が、懐かしく感じられてしまうのでした。

もっとも、そういう私自身、近年まで穢れた幽体と共に、あちこち旅を続けて、低い幽気を撒き散らしていたに違いないのですから、人間というものは、どこまでも自己本位なものだと、呆れてしまいます。

なおいー

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お彼岸

お彼岸とは、3月の「春分の日」、9月の「秋分の日」の前後3日間を合わせた7日間と言われます。

本来のお彼岸とは、修行をして、彼岸にある涅槃の境地に到達する事だと言われます。

また太陽が真東から真西へ沈む「春分の日」「秋分の日」に、西方に沈む太陽を極楽浄土として、礼拝する想いから「日願(ひがん)」とする説もあります。

しかしながら、現在のお彼岸は、おはぎなどをお供えして、先祖を供養する日、お墓参りをする日といったイメージが強いと言えます。

ほぼ、お盆の第2バージョンといった感じでしょうか?

しかしながら、霊的な視点からすると、地上の人間が、お供え物をしたり、お経を唱えたりして、死者が救われるという事は、決して有りません。

また願い事をして、それを叶えるような霊力が先祖に有る訳でも無く、願う事によって、却って、先祖の霊魂を迷わせてしまう可能性さえ有ります。

勿論、先祖や亡くなった、お爺ちゃん、お婆ちゃんを、偲び、敬う事であれば、何も問題は有りません。

それは、人間の自然な気持ちからだと言えるからです。

それが、急に成仏させようとか、逆に、お爺ちゃん、お婆ちゃんは、仏に成ったのだから、何でも願いを叶えてくれると思うと、大きな失敗を生みます。

仏と言う言葉の定義にもよりますが、人が死んで、いきなり、阿弥陀如来や大日如来のように成る事など、絶対に有り得ません。

ただ、生前に、真剣な信仰や、何らかの宗教的、霊的修行を行なっていれば、一般の人から見れば、天使や菩薩のように光り輝く、高級な霊魂に成る事は有ります。

とは言え、生きている間に、神も仏も無く、全くの無神論で生きた人には、そのような事は起こりません。

何故なら、無神論の生活をしていると、高級な霊魂からの高級な幽気、つまり高級な霊的エネルギーを、自身の幽体が吸収する事が出来ないからです。

ただ、物質的な生活だけを送っていると、それは無理なのです。高級な霊魂との接点が全く持てないのです。

高級な霊魂との接点を持つには、信仰や祈り、霊的な修行が必要なのです。

幽体が高級な霊的エネルギーを吸収していないと、幽体の体力が無いので、幽体からの光とも言える、幽体オーラが全く出ません。

幽体オーラが出なければ、自身の守護霊、指導霊の霊的視覚に入らないので、死後、高い世界に導いて貰う事が出来ません。

その上、幽体の体力が無いので、霊的に光の強い世界には、その幽体が耐える事も出来ません。

自ずと、光の弱い、下の幽界へ吸い込まれていきます。運が悪ければ、不道徳な霊魂の視覚に入り、手を引かれて行く可能性も有ります。

それ程に、人の幽体の状態というものが大切なのだと言えます。

また、先祖に対して供養をしたとして、それが届く可能性は殆ど有りません。

上に昇ったか、下に下がったかは、分かりませんが、既に、あの世の生活に入っているので、地上の人間の想いは届かない所に居るのです。

それでも、上の世界に昇っていれば、子孫の様子を、上位の霊魂の許可を得て、見に来る可能性は有ります。

しかし、下の世界に入った霊魂にとっては、今まさに、地獄の苦しみを味わっているのに、地上の人間が供養をしようと、それどころでは無いのです。

故に、仏壇もお墓も、実際には、先祖の霊魂が来る可能性は殆ど無く、寧ろ、質の低い幽気で満ちていれば、不道徳な霊魂が集まって来る可能性が有ります。

だからと言って、家の仏壇やお墓を、無闇に無くせば良いという訳でも有りません。

やはり、家族や親戚との関係も有りますし、常識の範囲での葬儀や供養なら問題は無いし、周りとの軋轢を生まない為にも大切な事だと言えます。

要は、世の中の霊能力者が言うような、何でも供養供養と極端に走らなければ良いと言えるでしょう。

霊的な修行者であれば、仏壇やお墓に、もし霊的な穢れが有っても、それを祓い清める事も出来ます。

先ずは、霊的な真実を知り、次に、全体との関係や調和を鑑みながら、上手く調整していく事が大切だと言えるでしょう。

太郎

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ある修行者の独り言(輝け、オーラ!)

輝けオーラ1

時折、「芸能人オーラ」という言葉を耳にします。

芸能人ならではの特別な輝きがあって、一般人の中にまぎれていても、ひときわ目立つ、といった意味で使われているようです。

要は知名度に加え、容姿や表情、態度等から醸し出される雰囲気に、強いインパクトがあることを表現しているようです。
 
それ故、霊的な意味でのオーラではなく、あくまでも肉体の目を通じて他者が感じる、その人の雰囲気を形容しているものと思われます。

これに対し、霊的な意味でのオーラは、実際にその人が持っている霊的な光です。 

人間には、肉体と重なっている「幽体」の他、肉体とは重なっていない、より高級な身体である「霊体」があります(さらに、類い希な神人においては、「神体」という霊的な神体も有しています。)。

そして、これらの霊的な身体から発せられる光を、当会の会員は、オーラと呼んでいます。
 

オーラは霊的な身体から出ているものですから、もちろん、肉体の目で視覚できるものではありませんし、肉体的な気力や体力とも無関係です。
  
それ故、オーラは一見、私達の日常生活には無関係なようにも思えます。

しかし実は、このオーラこそが、私達の現在、未来、そして他界後の人生を左右する重要な光なのです。

まず、オーラが光り輝いていれば、邪霊が寄りつけなくなります。
強く放っている光には、眩しくて近づけないようなのです。

邪霊の影響を受けながらの人生は、今この時も不幸であるのみならず、将来的にも明るい希望が持てません。

また、他界してからは、低い世界に引きずり込まれる可能性があります。

それ故、邪霊を遠ざけるために、オーラを輝かせることが必須です。

輝けオーラ3

また、オーラが光り輝いているということは、高級霊魂から見つけてもらい易い事を意味します。
 
それは、例えば、暗闇の中で、蝋燭の火が灯っているような感じでしょうか。

反対に、オーラが全く出ていない人は、暗闇の中に埋没しているが如きであり、高級霊魂の視覚には入らないようです。

それ故、高級霊魂に自分の存在を認めてもらうためにも、オーラを輝かせることが大事です。

そして、高級霊魂と接点を持ち、霊的に正しい生き方をしていけば、他界後には、それなりの世界に入ることが期待できます。

これこそ、真の意味での明るい未来と言えるのではないでしょうか。

輝けオーラ2

では、どうしたらオーラを輝かせることが出来るかですが、まずは、幽体を健全にする必要があります。
 
幽体に汚れや念による損傷等があると、幽体のオーラが出にくくなりますので、日々の修行で汚れを洗い流す事が大事ですし、既に出来ている損傷部分については、取りあえず、霊的技法によって手当をすることが考えられます。

次に、そもそも汚れや傷が付きにくい身体にするために、幽体の強化を図る必要があります。
 
幽体の傷は、他者の念によってもたらされるものですから、そのような念を跳ね返せるような強い幽体にしておくのです。
 
そして、不幸にも傷がついたとしても、自然に治癒できるような力が付くことが、理想です。


このような幽体の健全化、強化は、何の努力もせずに、ただ神仏に祈るだけでは得られません。
 
修行を行い、高級霊魂から力を掛けて頂く事によって、少しずつ幽体が成長していくわけですから、日々の努力なしには実現しないのです。

当会の会員は、このように幽体の健全化、強化を図り、オーラを輝かせるための修行法を師から伝授され、日々、修行に励んでおります(もちろん、霊体のオーラについても同様です。)。

この修行法は、我々会員の宝とも言うべきものですが、本来なら、世界中の人々の宝となって然るべき修行法です。
 
世界中の人々が霊的修行を積むことによって、地上での霊的環境が良くなり、ひいては霊的世界においても、相対的に低い世界が少なくなっていくものと思われます。
 
それ故、真面目に修行に取り組みたいと考えている人には、門戸はいつでも開かれています。

このブログを読んで下さっている読者の方々も、一緒にオーラを輝かせ、明るい未来を目指すとともに、地上及び霊的世界の環境を少しでも良くしていきませんか? 

 byドーン

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契山館 静岡分会

このブログの内容は契山館の公式な見解ではありません。書き込み者の自由な書き込みを期待する為に、内容については原則として分会は干渉していません。誹謗中傷など、誤解を受けるような部分がある場合等を除き、書き込みをする人達の見解を掲載しています

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