富士の風に吹かれて~契山館 静岡分会

霊的な真実を探る旅に出かけよう!

2拝2拍手1拝≦無形民俗文化財

契山館静岡分会のmr.poraiです。

今回もmr.porai節にお付き合い下さい。

さて今、伝統文化芸術に脚光が当たっているようで、全国紙の地方欄やローカル紙に、地域地域に伝承されているという『神楽(かぐら)』が、よく取り上げられています。

国、都道府県、市町村の行政は、文化的に価値があるとされる神楽を、文化財保存の目的で、無形民俗文化財に指定する制度があるそうです。

行政は機会を捉え、それら神楽を一堂に会させ、公演を催しているようです。

文化芸術にあまり関心がないmr.poraiではありますが、古る昔、無形民俗文化財に指定されている『神楽(かぐら)』○○フェスタを観覧したことがあります。

mr.poraiが当時勤務していた団体では、職員研修の一環として、文化芸術に触れることを推奨しておりましたので、仕方なく観客席に座らされておりました。

神楽とは、元来、『神を祭る神事において、神前にて供された舞楽』であることは、疑いないと思えます。

神事の一環ですから、歌舞の所作ひとつひとつに意味があるのでしょうし、あるいは『神懸かり』した様子が、舞楽に表現されているのかも知れません。

神事に参加し舞楽に見入る人々も、神への畏敬や尊崇を高めていったのでしょう。

場所は、マグロの水揚げが多く、お茶の香りが名物とされる街の、とある会館の大ホール。

mr.poraiの物憂げな視線の先には、何の変哲もない、単なるステージがありました。

舞楽は次第通りに進み、いよいよ終わりかと観ていると、演舞者一同が観客席に向かい、2拝2拍手1拝をしました。

これを観たmr.porai、「神ならぬ人の身で拝礼された」ため、ビックリして思わず背筋が伸びました。

そして観客席を見回しましたが、真剣に神楽を見終わった感のある人はいましたが、拝礼されてビックリという人は、いなかったようです。

どうやらこの神楽は、最後に2拝2拍手1拝して舞い収める作法だったようです。

ここでmr.poraiの肉の身に、大量のアドレナリンが放出されたみたいで、一気に覚醒し、そして「ある怒り」を覚えました。

『とある大御所歌手は「お客様は神様です。」とか言うとったけど、金儲けの演舞でもあるまいに、所作の一環で省略できへんにしても、観客席に向かって2拝2拍手1拝はあらへんやろ!』

『「お客様は神様とちゃう!」。観客に背を向け、上空におられる神を想定して、2拝2拍手1拝せんだら、観客ともども神の御加護を願ったことにならへんやろ。』

ところが、mr.poraiの怒りとは無関係に、演舞者一同も所作の一環で行ったに過ぎず、観客も2拝2拍手1拝につき、特別な感慨は抱いていないのも明白でした。

mr.poraiこころの声‥霊的な意味があったであろう作法も、無形民俗文化財保護の傘下に入れば、哀しいかな2拝2拍手1拝ですら一連の所作として処理されてしまう‥

元来、2拝2拍手1拝とは神を拝む作法であり、神社等で行う「おはらい」にも、この作法は付き物ですが、伝統的神拝作法について詳しいのは以下の御著です。

『霊魂に聞くII』 - 宗教について高級霊魂は何を語るのか


この御著の第二章「神道」を御覧になれば、あだやおろそかに「2拝2拍手1拝」をすべきでないことは明白であります。

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諸行無常

自宅の部屋に有るドアノブが回らなく成ってしまいました。

ドアノブを外して、確認したところ、どうやらラッチと言われる部品の故障だという事が分かりました。

約10年、住んでいるので、いろいろと壊れるものも出てきます。

自分で直せるレベルなので、取り敢えず、ラッチを外しておいて、改めて、ホームセンターへ部品を買いに行こうと思います。

さて仏教では、諸行無常という言葉が有ります。

世の中、全てのものは、常に変化して不変のものは無いという意味が有るようです。

確かに、どんなに硬いダイヤモンドでも傷が付かない訳では無いし、壊せない訳でも有りません。

無限と思われる、この宇宙も、悠久の未来には消滅するのかも知れません。

また少なくとも、今の科学では、永遠の命も有り得ません。

つまりは、物質ばかりに執着し、それのみを追い求めても、それは、いつかは行き詰まり、虚しいものと成ってしまうでしょう。

また人間は、物質的欲望を満たすだけでは、満足できないように成っているように思います。

何処かで、心の中を空虚感が通り過ぎていく...。

やはり、それは人の本質が物質では無いからと言えるでしょう。

水波霊魂学では、人は、本来、霊的生命体と説きます。

死んだら終わりの単なる肉の塊では無いのです。

確かに、肉体は死ねば、朽ちて土に還るだけと言えます。

大自然の循環を廻るだけの実体の無い存在です。

しかし人は肉体とダブった幽体を持っているのでした。

そして肉体から離れた幽体は、あの世での生活を始めるのです。

とは言え、肉体と幽体は全く別の存在かと言うと、そうでも有りません。

この世の人生にも大きな影響を与えています。

肉体と幽体が不離一体で人生を歩んでいるからと言えます。

幽体が健康か不健康かで、肉体が病気に成る事も有りますし、霊的には、低い霊魂に寄られたり、低い幽気が付着、または吸い込んだりで、この世の人生が悪い循環に入る事も有ります。

悪い事ばかりが、続くという人が居ます。

そうした方は、霊能者を訪ねるよりも、やはり自身の幽体を鍛える事が根本的な解決に至る事に気づいて頂きたいと思います。

また幽体を鍛えるという事は、高級な霊魂よりの高い幽気を、自身の幽体に受ける事に成ります。

自身の幽体は、日常の生活では決して受けた事の無い、高い力に感激し、感涙します。

人の正体は幽体に有り、幽体の真の幸せは高級な霊魂より、高い力を受ける事にこそ有ったと言えます。

それは人の深い部分からの喜びであり、物欲を満たす事のみの上辺だけの幸せとは異なります。

人の心は物質だけでは満たされないのです。

しかし高級な霊魂よりの力は、求めない所には決して降りて来ません。

神を認めず、霊魂を否定する所に、救いの光がもたらされる事は無いのです。

「祗園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。」

物質には実体が有りません。物質ばかり追い求めても、常に流れ消え行き虚しいばかりと言えるでしょう。

背後に有る、自身の正体に気づいた時、初めて、この世でもあの世でも、真の幸せに繋がっていくと言えるでしょう。

太郎

仏教2

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ある修行者の独り言(生命の起源)

生命の誕生1
                           *アダムの創造(ミケランジェロ)

人は死んで生命が尽きれば絶対的に終わりであり、「無」になると考える方は、私の周りにもたくさんいらっしゃいます。

では、生命の始まりはどうだったでしょうか?
生命が死ねば無に帰すというのであれば、生命の誕生も「無」から始まったのでしょうか?

個体の死と細胞の死は区別されますので、個々の人間が死亡しても、子供がいる場合には、受精によって生命は受け継がれていると言えます。
そして、このような生命の連続という点から考察すると、気の遠くなるような時間を遡り、究極的には「生命の起源」という段階に到達します(現代の生物学では、地球上の生物は全て同一の先祖から発展してきたと言われているようです。)。

しかし、現代の科学をもってしても、生命の起源については未だ解明されていないようです。

生命とは、単に物質が存在するという状態ではなく、生きているという過程をも含んでいますので、鉱物等とは絶対的な違いがあります。
それ故、最初は火の玉だった地球から、どうして生命を誕生するに至ったのか、考えれば考えるほど不思議です。

生命の誕生2

将来的には、科学が生命の起源を解明するかもしれません。
しかし、幾つかの原因物質の科学反応によって細胞が生まれた等の説明にとどまるならば、それは生命誕生プロセスの現象的な説明にすぎず、生も死もない物質から、生や死のある生命が誕生した事の根本的な解明に至るものではないと思われます。

そして、ここが科学の限界ではないかと思われます。
単なる物質と生命とでは連続性はなく、断絶されている以上、物理法則では越えられない壁があると思われるからです。

 生命の誕生3生命の誕生4

私は、生命を有する細胞が誕生した背景には、霊的な生命体の存在があったのではないかと考えています。

つまり、幽的なエネルギーを持つ存在が、物質としての細胞に宿ることによって、地上においても生命として生きることになったという考えです。

また、生物の進化につれて、宿る霊的生命体も高度なものになっていき、最終的に、人間には人間の霊的生命体が宿ったのではないかと想像します。

そして、このように霊的生命体の存在を前提にするとき、その居場所である霊的世界も存在することになりますので、死は決して「無」ではなく、霊的生命体としての本来の居場所である霊的世界に帰って行く事になるはずです。

科学は、このような考えを認めないと思われますが、霊的世界は、もともと科学で実証できる分野ではないのですから、科学が霊的世界は無いと言い切るのも、おかしな話です。

霊的世界の実在を確信する私としては、霊的世界の実在を多くの人に知ってもらいたいと願っています。

by ドーン


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JR西日本では、猛暑によりレールの温度が規制値を超えて、徐行運転をする路線が増えているようです。

しかし暑さもさる事ながら、レール温度の規制値引き下げも影響しているようです。

とは言え、最近の暑さは、猛暑というより激暑とも言うべきでしょうか?

根性だけで乗り切れるレベルでは、無くなってきているように思います。

温度や水分、塩分と体調管理には、充分、気をつけていかないと、特にお年寄りや子供にとっては危険なレベルと言えるでしょう。

ある国の大統領は「地球温暖化は嘘だ」と言いますが、やはり、日本のみならず、世界的な異常気象の事実は誰も否定出来ないでしょう。

ニュースを見ると、今後、こうした暑さは、単なる異常気象では無く、災害のレベルにまで発展していく可能性が有るとも言っています。

地球温暖化という観点からは、再生可能エネルギーを促進する事が、大きな解決策に成るとは言えるでしょう。

但し、懸念点が有ります。霊的な視点から言えば、霊魂が気候変動や天変地異に干渉し得ると言う事です。

分かり易いところから言えば、「雨乞い」と言う言葉を聞いた事が有る人は多いと思います。

干ばつが続いた時、神仏に祈り、神仏に雨を降らせて頂こうというものです。

それは不可能な事ではありません。

実際には、神仏の御使いたる高級な霊魂が働かれますが、高級霊魂の活動により気象に変化を与える事も可能なのです。

逆に、邪悪な霊魂が、人間が困るような天変地異を起こす事も可能です。

特に、現代は、高級な霊魂は地上に干渉する事が出来なく成り、邪悪な霊魂の方が活動し易い時代に入っています。

事有るごとに、凡ゆる天変地異、災害の背後には、邪霊が後押しをしている可能性が有るのです。

それを跳ね除けるには、やはり、地上の人間一人一人が幽体を鍛えて、邪霊が活動しづらい霊的環境を作り出すしか有りません。

嘗て、太平洋沖に存在した幻の文明は、人々の霊的カルマ、そして邪霊達の活動に負けて、大海の底へと沈んでいきました。

そして、幻の文明に住んでいた人達は多数、日本に再生し、また同じ失敗を繰り返そうとしています。

いや場合によっては、あまりに
発達した科学の力によって、こうした状況をも乗り越えて、生き残っていくのかも知れません。

でも、そこに、神、そして高級霊魂の介在が無いとすれば、高貴な存在との接点が断絶され、完全に邪霊に支配された世の中に成る事を意味します。

科学の力のみで、人類は生き残っていくかも知れませんが、新たな不幸が生み出されていく事でしょう。

決して、科学が悪い訳ではありません。今更、現代人が電気や車の無い生活を送る事が出来る訳がありません。

大切なのは、科学の有無では無く、常に、神、そして高級な霊魂を求め、幽体を鍛える事。それが凡ゆる幸せに繋がっていくのです。

大海の底へ沈んだ文明のように成らないように、それ以上の不幸を背負わないように、多くの方が霊的に目覚めて頂く事を、心より祈ります。

太郎

★ 幻の文明について詳しくお知りに成りたい方は、以下の書籍をお読み頂ければと思います。 

『神体 - 偉大なる魂の生涯』水波 一郎著 (ペーパバッグ版)

『神体 - 偉大なる魂の生涯』水波 一郎著 (電子書籍版)

何故、今、自分は生きているのか?何故、存在しているのか?海に沈んだ幻の古代文明。その文明に生きた大神人ラ・ムー師。人類誕生の秘密。今、封印されて来た神秘の扉が開かれる。

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イベント夏祭りイン富士南麓!

契山館静岡分会のmr.poraiです。

水波霊魂学を信奉し霊的トレーニングを行っている者です。

いまだ未熟な修行者の、個人的な解釈・見解により記していますので、独善や間違いがある場合があります。

その場合の責任はmr.poraiにあります。

7月中下旬、富士山南麓のこの街の、中心市街地では、あちらこちらで夏祭りが行われております。

この街の生まれ育ちであれば、子供の頃から夏祭りに参画しなければならないのでしょうが、mr.poraiはこの街の生まれではありません。

では、mr.poraiの子供らは「夏祭り」に参加したかというと‥、実は参加していません。

mr.poraiの自宅は街の郊外の住宅地にあり、昔で言えば近郊郡部といったところですので、中心市街地地区と「祭の時期」は異なります。

ですので、夏祭りを見かけた際、第三者的な視点でウォッチできるというものです。

街のそれぞれの地区には公会堂があります。

そこに祭壇を設け御神酒などを飾り「夏の疫病除けの神」とされる「素戔嗚尊(スサノヲノミコト)」を祀っているようです。

公会堂は行政の持ち物ではなく、それぞれの地区が所有する集会場なので、宗教的礼拝設備を設けても、問題はないそうです。

地区によっては、神社の広間?拝殿?が、集会場を兼ねているところもあります。

おそらく形だけだとは思えますが、神を祀っているだけマシと言えましょう。

さてこの街では、中心市街地各町内が参画する祭りの時期に合わせ、行政の観光課が事務局となり、○○まつり実行委員会を組織し、さまざまなイベントが行われます。

イベントではミスコン・太鼓・みこし・木遣り道中などが行われますが、このようなイベントは、本来「付祭り・つけまつり」として行われてきたようです。

付祭りとは「神を祭る本祭に付けて行う祭り」という意味合いです。

つまり、本祭の余興として山車(だし)につく、踊り屋台や練り物・地走りなどを指すということです。

さらに今年は、なぜか、東京湾岸所在のテーマパークからゲストを招き「スペシャルパレード」とかいう余興をも行うようです。

余興という位置づけであったイベントが「祭り」そのものになり、そのイベントを「祭り」と信じて疑わない人々に、神の御加護はあるのでしょうか?

口の悪いmr.poraiは、神祭りなき余興祭りにつき、『イベント夏祭りイン富士南麓!』と名付けました。

行政が参画する「まつり」に宗教を持ち出せないのは、現今日本の、法と規則では困難だということは、判ります。

しかし、本来の祭りとは、神を思う人々が、神を意識して行うものであったことは確かです。

……

さて「神人和楽」という言葉があります。

読んで字の如く「神と人とがともに和して楽しむ」という意です。

良い言葉です。ですがこの言葉に対し、奇妙な拡大解釈がなされているとか、風の便りに聞きました。

拡大解釈人『神は人の喜ぶ姿を見てお喜びになるのだから、人が喜べば、自然に神も喜ぶ。』

そうであれば良いのですが…、本当にそうなのでしょうか?

神祭りなき余興祭りに浮かれ喜ぶ大勢の人々に、霊的な危険がなければ良いのですが‥。

『人類は消滅すべきか』〜人類を救うために平凡な霊魂が立ち上がる〜


この御著には、現今の霊的状況が書かれております。

「第6章 人類を救うために 1 悪戯霊魂の怒り」では、コンサート開催時に悪戯の仕掛けを持ちかける霊魂の件、そして、田舎?の神社の、霊的状況に関する記述もあります。

『イベント夏祭りイン富士南麓!』にて浮かれはしゃぐ人々の霊的状況は、コンサートで熱狂する人々と大差ないと思えてなりません。

本当の「神人和楽」の世界について、御著『神体』に記述があります。

『神体』〜偉大なる魂の生涯〜

(ペーパバッグ版)

 (電子書籍版)

御著『神体』の第1章のなかで「太陽の国」として紹介されております。

夏2

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ある修行者の独り言(苦行する釈迦)

苦行する釈迦1
パキスタンのラホール美術館に、有名な「苦行する釈迦像」という仏像があります。上記は私が模倣した下手な絵ですので、興味のある方はインターネットで検索してみてください。 本物は、ガンダーラ美術の最高傑作と言われるだけあって、人を圧倒する迫力があります。

私が初めて「苦行する釈迦像」の写真に出会ったのは、今から17年くらい前、まだ契山館に入会する前でした。一目見るなり、魂が震えるような感動を覚えました。

釈迦が厳しい苦行を行ったことは伝承されているところですが、それが仏像という形で視覚的に表現されると、その修行の凄まじさがリアルに伝わってきます。

こうまでして真理を求めた釈迦に対しては、深い畏敬の念を持たざるを得ませんでした。
 
現代の日本は、宗教に入った人に対しては、世間は「弱いから宗教に走ったのだ。」と揶揄したり、「変人」扱いする傾向があるようです。

しかし、この苦行する釈迦像を見て、「釈迦も弱かったから、現実から逃げたのだ。」等と、嘲笑する人はいるでしょうか?
 
本来、王族として贅沢三昧な生活を送れるはずのところ、釈迦は全てを捨てて出家されています。もし釈迦が弱い人間だったら、人も羨む環境を捨てて、真理を求めて命がけの修行をする事など不可能でした。

苦行する釈迦2

もっとも、「釈迦は仏教の開祖だから特別だ。我々のような人間が宗教を求めるのとは訳が違う。」と言う人もいるかもしれません。

確かに、私達と釈迦とでは、月とスッポン以上の違いがあります。しかし、神仏の存在を探求し、真理を追求したいと願う点については、私達も共通しているのではないかと思います。

「求める」というのは、この世で幸福に暮らせるような方法論を模索するのとは違います。

人間の魂には、本来的に、神仏を求める指向性が備わっているのではないかと思います。そして、その指向性が意識の上に上がり、超自然的な存在を求め、それに触れたいという衝動が魂の奥底から沸き上がってきた時、人は真理を求めて宗教の門を叩くのではないでしょうか。

それ故、宗教も、神仏に御利益を願うために存在するものではなく、また、現実逃避したい者に居心地の良い世界を提供するものでもありません。霊的世界の真実を伝えるのが本来の姿だと思われます。

苦行する釈迦3

宗教が嫌いな人の中には、「仏教は哲学だから良い。」と言う人もいらっしゃいます。つまり、宗教っぽくない点で、許容できると言うのでしょう。

しかし、仏教が内容的に哲学であるならば、キリスト教、イスラム教と並ぶ三大宗教に入る事もないはずです。

また、釈迦にしても、苦行は不要との結論に至るまで、死と隣り合わせになって苦行し、最終的には悟りを開いたところ、「人が幸福になるための人生哲学を説いた」等と言われるのは、不本意ではないでしょうか。

釈迦は、キリストと同様、人類史上希に見る大神人です。霊的真実を人々に説こうとしたに違いありません。

私は、科学信仰とも言うべき現在の世の中において、一日も早く多くの人達が目覚め、霊的な真実を求めるようになることを、願ってやみません。

by ドーン

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