富士の風に吹かれて~契山館 静岡分会

霊的な真実を探る旅に出かけよう!

2018年09月

ある修行者の独り言(輝け、オーラ!)

輝けオーラ1

時折、「芸能人オーラ」という言葉を耳にします。

芸能人ならではの特別な輝きがあって、一般人の中にまぎれていても、ひときわ目立つ、といった意味で使われているようです。

要は知名度に加え、容姿や表情、態度等から醸し出される雰囲気に、強いインパクトがあることを表現しているようです。
 
それ故、霊的な意味でのオーラではなく、あくまでも肉体の目を通じて他者が感じる、その人の雰囲気を形容しているものと思われます。

これに対し、霊的な意味でのオーラは、実際にその人が持っている霊的な光です。 

人間には、肉体と重なっている「幽体」の他、肉体とは重なっていない、より高級な身体である「霊体」があります(さらに、類い希な神人においては、「神体」という霊的な神体も有しています。)。

そして、これらの霊的な身体から発せられる光を、当会の会員は、オーラと呼んでいます。
 

オーラは霊的な身体から出ているものですから、もちろん、肉体の目で視覚できるものではありませんし、肉体的な気力や体力とも無関係です。
  
それ故、オーラは一見、私達の日常生活には無関係なようにも思えます。

しかし実は、このオーラこそが、私達の現在、未来、そして他界後の人生を左右する重要な光なのです。

まず、オーラが光り輝いていれば、邪霊が寄りつけなくなります。
強く放っている光には、眩しくて近づけないようなのです。

邪霊の影響を受けながらの人生は、今この時も不幸であるのみならず、将来的にも明るい希望が持てません。

また、他界してからは、低い世界に引きずり込まれる可能性があります。

それ故、邪霊を遠ざけるために、オーラを輝かせることが必須です。

輝けオーラ3

また、オーラが光り輝いているということは、高級霊魂から見つけてもらい易い事を意味します。
 
それは、例えば、暗闇の中で、蝋燭の火が灯っているような感じでしょうか。

反対に、オーラが全く出ていない人は、暗闇の中に埋没しているが如きであり、高級霊魂の視覚には入らないようです。

それ故、高級霊魂に自分の存在を認めてもらうためにも、オーラを輝かせることが大事です。

そして、高級霊魂と接点を持ち、霊的に正しい生き方をしていけば、他界後には、それなりの世界に入ることが期待できます。

これこそ、真の意味での明るい未来と言えるのではないでしょうか。

輝けオーラ2

では、どうしたらオーラを輝かせることが出来るかですが、まずは、幽体を健全にする必要があります。
 
幽体に汚れや念による損傷等があると、幽体のオーラが出にくくなりますので、日々の修行で汚れを洗い流す事が大事ですし、既に出来ている損傷部分については、取りあえず、霊的技法によって手当をすることが考えられます。

次に、そもそも汚れや傷が付きにくい身体にするために、幽体の強化を図る必要があります。
 
幽体の傷は、他者の念によってもたらされるものですから、そのような念を跳ね返せるような強い幽体にしておくのです。
 
そして、不幸にも傷がついたとしても、自然に治癒できるような力が付くことが、理想です。


このような幽体の健全化、強化は、何の努力もせずに、ただ神仏に祈るだけでは得られません。
 
修行を行い、高級霊魂から力を掛けて頂く事によって、少しずつ幽体が成長していくわけですから、日々の努力なしには実現しないのです。

当会の会員は、このように幽体の健全化、強化を図り、オーラを輝かせるための修行法を師から伝授され、日々、修行に励んでおります(もちろん、霊体のオーラについても同様です。)。

この修行法は、我々会員の宝とも言うべきものですが、本来なら、世界中の人々の宝となって然るべき修行法です。
 
世界中の人々が霊的修行を積むことによって、地上での霊的環境が良くなり、ひいては霊的世界においても、相対的に低い世界が少なくなっていくものと思われます。
 
それ故、真面目に修行に取り組みたいと考えている人には、門戸はいつでも開かれています。

このブログを読んで下さっている読者の方々も、一緒にオーラを輝かせ、明るい未来を目指すとともに、地上及び霊的世界の環境を少しでも良くしていきませんか? 

 byドーン

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中秋の名月(2018/9/24)

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今日の富士山(2018/9/24)

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スピリチュアル・ペイン

契山館静岡分会のmr.poraiです。

この国も人口減少局面に入り、いわゆる「多死」時代を迎えたようです。

医療従事者は医療的アプローチで多忙な以上、死を控えた方の心理的ケアにまで手が回らないのが現状でしょう。

そこで牧師や僧侶などの宗教者が、終末期にある人に対し、「臨床宗教師」として心理面での寄り添い活動を行っておられるようです。

「臨床宗教師」の活動は、2011年の東日本大震災をきっかけとして始まったとのこと。

病院や被災地などで、宗教者たちが宗教・宗派を超えて協力し、終末期の心の痛みを持つ本人やその家族の心のケアなどを行い、時に「みとりの現場」にも寄り添うのだそうです。

終末期医療の進歩や緩和ケアにより、肉体的な苦痛は改善される方向にあります。

認知症になられた方は別として、意識がハッキリしていればいるほど、死を意識せざるを得ない人生の持ち時間に、耐えがたい心の痛みが伴うことは察するにあまりあります。

この心の痛みを「スピリチュアル・ペイン」と呼ぶそうです。

むしろ、他の痛みが緩和されることで、かえってスピリチュアル・ペインが際だって感じられるのも当然。

そうした人と一緒になって向き合い、和らげていく道を共に探していくのが臨床宗教師とのことだそうです。

ただ、現場での布教は禁止されています。

ここでmr.poraiの心の中に声が生じました。「それなら、なにも宗教者である必要はないでしょう。『傾聴』の技術を持った心理職で十分! いったい、臨床宗教師って‥なに?」

・・・・・・・・・・

現在、死期が迫っているわけではないmr.porai、終末期にある方と同様の心理状態には、まずなれません。

ですので、終末期にある方の「心理的ニーズ」も想像するしかないのですが、「心理職」でなく「宗教者」ということに、一定の価値観を持たれていらっしゃるのではと想像します。

心理職でなく、宗教者という表看板を持った「臨床宗教師」だからこそ、終末期にあってなお、心を開かれる方もお見えなのでしょう。

ですが、布教を禁じられた宗教者は、もはや宗教者とは言えないでしょう。

そのような臨床宗教師の活動によって、穏やかな心理状態で最期を迎えられれば「それで良し」なのでしょうか?

表看板は宗教者でありながら、宗教活動をすることなく、心理職的手法で活動を行う「臨床宗教師って‥なに??」

『霊的技術 』- 傷ついた幽体を救え


第八章 霊術者が行う判断 3 死者に対する霊術 を御覧下さい

御著にもあります通り、さまざまな制約はありますが、これこそが本物の救いなのです。

このブログを御覧の方で、まだ契山館の門を敲かれていない方に申し上げます。

契山館の主張をじっくりと御検討下さい。そして一歩を踏み出して下さい。

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新刊『幽体の悲劇』-人は幽体と共に生きている(電子書籍版)

鏡には映らない自分・幽体。

鏡には映らずとも、本当の自分が居る。

本当の自分は、いつも私と共に有った。


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なおいー写真紀行第1回、冬の北海道(その1)

本稿の内容は、私の主観的な旅の感想で、必ずしも《霊魂学》に基づいたものではありません。その前提でお読み頂ければ幸いです。


北海道は、私が最も多く訪れている旅先です。初めて訪れたのは、もう37~38年前でしょうか。

それから、5~6年離れていた時期があるものの、平均年2回、多い年は5~6回訪れてきましたから、数えたことがありませんが、かなりの回数訪れたことになります。

北海道というと、関東以西からは、飛行機で行かれる方が多いと思いますが、私が国内旅行で飛行機を使うことは、沖縄方面以外では稀ですので、飛行機で北海道へ入ったことは数回程度しかありません。

ですから、ほとんど鉄道か、車(カーフェリー)で向かっていることになります。

なぜ、飛行機を使わないか?恐いから?

まあ、それも否定しませんが(笑)、飛行機は目的地まで、早く着きすぎてしまって、つまらないのです。

鉄道も今では、北海道新幹線が、新函館北斗まで開業しているので、早朝に南関東の自宅を出れば、夕方には札幌に到着します。

でも、私が北海道へ行き始めた頃は、青函連絡船を挟んで、札幌に着くのは、翌日の朝でした。今となっては、懐かしい思い出です。

北海道は四季それぞれに魅力がありますが、私が最も好きなのが冬です。多分、訪れた回数の半分以上は、12月~3月の冬期です。

確かに、外は寒いですし、猛吹雪に見舞われて、数日間、身動きが取れなくなるようなこともありますが、私は、一番、北海道らしさが堪能出来ると思います。

でも、北海道民の方は、厳しい気象条件の中で、毎日、通勤や通学をしておられる訳ですから、そのご苦労は、私のような旅行者の想像が及ぶところではありません。

私は、とにかく雪景色が大好きなので、《幽質界》で雪景色が堪能出来るのかどうか、少々、気になっています。

雨も降らないとすれば、雪も降らない可能性が高いのでしょうね。それでも、主観的に氷雪の世界に居ると感じることは出来るのでしょうか・・・。

それとも、その頃には、どうでも良いことになっているでしょうか・・・。

さて、本日の画像は、旧札幌農学校演武場の札幌時計台です。1878年の建設で、重要文化財に指定されています。

周囲に高いビルが多いので、時計台だけを写すのは、意外に難しいと思います。

IMG_2372

札幌駅から徒歩十数分、雪まつりで有名な大通公園からは、徒歩数分の位置にあります

雪まつりは、雪像は見事ですが、近年は特に混雑が激しく、公園内の通路は一方通行で、まるで初詣に向かう参道のようです。雪像を見に行くのか、人混みを見に行くのか分からないので、私は苦手です。

やはり、大自然の中に身を置いて、自然美を心ゆくまで堪能することが、旅の醍醐味だと私は思います。

大自然の美しさに勝る美は、この世にはない。自然こそ、最高の芸術である。というのが、私の長年の持論です。もっともそれは、自然の持つ一面に過ぎないのでしょうが・・・。

しかし、その大自然の美に恵まれた北海道も、数十年前とは大きく変わってしまいました。

昔は大自然の中で癒されたものですが、近年は疲れが増すことさえあります。

私が歳をとったせいだと思っていたのですが、《契山館》と出会って、その理由が分かりました。それだけ、北海道の霊的環境も悪化していたのですね。

本当にもう、自然界のどこにも、良い《幽気》は存在しないのだ、という現実を思い知らされます。誠に、残念なことです。

でも、もうこれ以上、霊的環境の悪化を加速させることは、許されません。

まず、30~40年前の環境を取り戻して、その上で、低い《幽気》を一掃しなければなりません。

北海道の霊的環境悪化を思う度に、私は、その決意を新たにさせられます。

なおいー
プロフィール

契山館 静岡分会

このブログの内容は契山館の公式な見解ではありません。書き込み者の自由な書き込みを期待する為に、内容については原則として分会は干渉していません。誹謗中傷など、誤解を受けるような部分がある場合等を除き、書き込みをする人達の見解を掲載しています

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