富士の風に吹かれて~契山館 静岡分会

霊的な真実を探る旅に出かけよう!

死後の世界

悪いことをすると地獄に落ちる?

昔からよく「悪いことをすると地獄に落ちる」等と、言われることがあります。

それは本当なのでしょうか?

結論から申し上げますと、悪いことをすると地獄に落ちる、というわけではないようです。

まず、「死後の世界」に、地獄があるのかどうかですが、言葉の定義はともかくとして、まるで地獄のような、苦痛と恐怖に満ちたような世界は、確かに存在するようです。

そこで問題なのは、どのような方が、地獄のような世界に落ちるのかということです。

地獄のような世界は、《幽質界》と呼ばれる《死後の世界》の下層部にあります。

重要なことは、死後に《幽質界》下層部の地獄に落ちるかどうかは、《幽質界》の法則、言い換えれば、《幽質界》の側の尺度で決まるということなのです。

物質界と呼ばれる、この世の側の基準、たとえば、物質界の善悪の尺度で決まるわけではないのです。

では、どのような方が、まるで地獄のような、苦しみの世界へ落ちてしまうのかと言うと、物質界では肉体と重なって存在している《幽体》という《霊的身体》の活力がなく、健康状態が悪い方なのです。

《幽質界》では、《幽体》の活力や健康状態が、同レベルの者同士しか、同じ階層に住めないという法則があります。

ですから、《幽体》の活力がなく、健康状態の悪い方が、肉体の死を迎えると、同じような《幽体》の状態の《霊魂》が集まる、《幽質界》下層の、地獄のような苦しみの世界へ落ちてしまうのです。

要するに、この物質界での生き方によっては、肉体と重なっている《幽体》の状態が悪化し、死後《幽質界》へ入ると、下層の世界へ落ちてしまうということなのです。

では、その《幽体》の状態が悪化する原因は何なのでしょうか?

その原因は大きく分けて2つあります。

1つ目は、《幽質界》の下層から物質界に舞い戻った、不道徳な霊魂や邪霊の、穢れた《幽体》の放つ、性質の低い《幽気(霊的な気)》と接触し、その《幽気》を吸収してしまうことにより、自身の《幽体》も穢れて、その状態が悪化してしまうのです。

現代は、《幽質界》の下層から、大変多くの霊魂が、物質界に舞い戻っています。

彼らは五感には感知出来ないので、目には見えず、接触しても気付けません。

でも、彼らと接触する度に、私達の《幽体》は穢れて、活力を失い、健康状態が悪化するのです。

私達の《幽体》は、高級な《霊魂》が持つ高級な《幽気》と接すれば、活力が高まり、逆に、下層から来ている《霊魂》の持つ低い《幽気》と接すると、活力を失うのです。

もう1つは、人間の発する攻撃的な念を受けることです。

念は物質ではないので、肉体は影響を受けませんが、攻撃的な強い念は、受けた人の《幽体》に突き刺さり、《幽体》をボロボロにして、その活力を低下させます。

先程、悪いことをすると地獄に落ちる、というわけではないと申し上げました。

それはその通りなのですが、悪いことをすると、他の人から、攻撃的な強い念を受けやすくなる場合が多いでしょう。

そして、攻撃的な強い念を受けて、《幽体》がダメージを受ければ、下の方の世界へ落ちやすくなるのは事実です。

それに、たとえ地獄のような世界に落ちなくても、場合によっては、悪い行いが、将来的に霊的な成長を阻害するかもしれません。

やはり、悪い行いは慎んだ方が無難だと言えそうです。

法律は守る必要がありますし、社会秩序を乱すような行いや、社会常識に反するような行為は、行うべきではありません。

ただし、ここで言う悪は、物質界の基準での悪であって、《幽質界》の基準での悪ではないことは、前述の通りです。

さて、それでは、私達は、どうすれば《幽体》の活力を高め、健康状態を高め、死後、地獄のような苦しみの世界へ落ちないですむのでしょうか?

現代は、私達を取り巻く、霊的な環境が悪化しているので、特別な対策を取らない限り、私達の《幽体》の状態が悪化してしまいます。

その特別な対策法が、《契山館》にはあります。

《神伝の法》という《霊的トレーニング法》です。

これが唯一の、確実な対策法なのです。

《神伝の法》を実習すれば、《幽体》に付着した穢れを祓うことが出来ます。

《幽体》の活力が高まって、強いオーラを放つようになるので、不道徳な霊魂や邪霊を、近寄らせにくくなります。

《幽体》の抵抗力が増して、少々の、攻撃的な念を受けても、ダメージを受けにくくなります。

この物質界で生きる間に、《神伝の法》を行えば、以上のように《幽体》の状態が良好になりますから、死後の《幽質界》で、まるで地獄のような、苦しみの世界へ落ちる可能性は、まずなくなります。

どうぞ今こそ、《神伝の法》によって、《死後まで続く幸福》への道へお入り下さい。

あなた様の決断が、あなた様ご自身を救い、あなた様の愛する方々を救い、全ての人類を救うことにも繋がるのです。

なおいー

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善いことをすれば、天国へ行かれる?


皆様も、「善いことをすれば、死後、天国へ行かれる」というような話を、お聞きになったことがおありでしょう。

これは、本当なのでしょうか?

ここでは、人間は肉体の死後、《霊魂》となって《死後の世界》へ入り、そこには天国のような幸せな世界も、地獄のような苦しみの世界も存在する、という前提の元に、述べてみたいと思います。

結論から申し上げますと、「善いことをすれば、死後、天国へ行かれる」というのは、正しくありません。

私も、《契山館》を知るまでは、「善いことをすれば、死後、天国へ行かれる」と思っていたので、最初は驚きました。

多くの宗教には、「善いことをすれば、死後、天国へ行かれる」というような教えがあります。

いったい、どういうことなのでしょうか?

もちろん、「善いことをしたら、天国へ行かれない」ということではありません。

また、善いことを行うことを、否定するわけではありません。

善いこととは、他の方や社会の幸福のために、自らを役立てて貢献しようとすることですから、素晴らしいことだと言えるでしょう。

ただ、善いことをすることは、天国へ入るために必要な条件ではないのです。

言い換えれば、この世の人間が定めた善悪の基準によって、天国へ入れるかどうかが決まるわけではなかったのです。

善悪の基準は、この世の人間が定めたものですから、時代や地域や宗教によっても、その基準が異なるものです。

ある時代ある地域では善とされた行為が、別の時代別の地域では悪とされる、等ということはよくあることです。

そのような不確実な基準で、天国に入れるかどうかが、決まるわけはないのでした。

何よりも、天国はこの世にはなく、霊的な世界にあるのですから、天国に入れるかどうかは、この世の基準ではなく、霊的な世界の基準によって決まることになるのです。

それでは、霊的世界の基準はどうなっているのでしょうか?

その答えを、霊的世界の高級霊魂の方々が、《水波一郎先生》を通して、教えて下さっています。

《幽質界》という《死後の世界》で、天国に入れるかどうかを決めるのは、《物質界》と呼ばれるこの世では、肉体と重なって存在している、《幽体》という名の霊的身体の健康状態なのでした。

天国へ入るためには、《幽体》が活力に満たされ、健康状態が良好で、十分に成長している必要があるのです。

現代は、私達を取り巻く霊的な環境が悪化しているので、特別な対策を取らないと、私達の《幽体》は活力を失って、健康状態が悪化してしまうのです。

ですから、善いことを行うことは、物質界においては素晴らしいことですが、どんなに善人でも、《幽体》の健康状態が悪ければ、天国には入れません。

では、その《幽体》の活力を高め、健康状態を良好にするには、どうすれば良いのでしょうか?

それは《神伝の法》という霊的トレーニング法を、この物質界にいる間に、行っておくことです。

《神伝の法》は神霊という神の如き存在が、人類のために降ろして下さった、特別なトレーニング法です。

この《神伝の法》のトレーニングを毎日行えば、私達の《幽体》の活力は高まり、健康状態が良好になるのは確実で、死後は必然的に天国のような、幸せに満ちた世界へ、入れることになります。

どうか、今こそ、《神伝の法》の実習をお始め頂き、《死後まで続く幸福》への道にお入り下さい。

それが、あなた様ご自身を救い、あなた様の大切な方々を救い、更には、全ての人類を救うことに繋がるのです。

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終活

東京ビッグサイトで、葬儀・埋葬・供養に関する、展示会が開催されたようです。

東京ビッグサイトと言えば、私の中では、東京モーターショーとか、コミックマーケットのイメージが強いですが、今回は、かなり異色の出展ではないかと思います。

今回の展示会は、テレビでも取り上げられ、多数の来場者が有ったようです。それだけ、終活に興味の有る人が多いという事でしょうか?

終活をする人達へのインタビューを聞くと、その多くは、残された人へ迷惑を掛けたくない、負担を掛けたくない、と言うのが活動をする大きな理由に見受けられました。

それはそれで、立つ鳥、後を濁さずで、大切な事でしょう。

しかし死後の生活を考える人は皆無のようです。

何故でしょうか?

やはり、殆どの人が、物質科学信仰者で、死んだら土に還る、塵と化すので、自分自身にとっての死後は、関係無いと思っているのかも知れません。

せいぜい、遺族が故人を偲ぶ為の立派な葬儀、墓や仏壇にしか興味が無いのでしょう。

更には、本来、目に見えない存在を説いて然るべき筈の仏教では、霊魂は存在しないと説いているようです。

それでいて、死者に対する葬儀を行い、高い戒名料を払うのは、あまりに不可解です。

葬式仏教と言われても仕方がないでしょう。

これは、そもそも僧侶を養成する大学で、そうした教育を長年、続けており、修行や体験に基づく仏教では無く、あくまで、学問・哲学としての仏教しか教えて来なかった結果のようです。

日本の二大宗教でもある、神道についても同じ事が言えるようです。神主を養成する大学では、学問・思想としての神道のみを教え、神や霊魂の実在、修行や信仰については教えません。

人々を教え導くはずの、聖職者が無神論、無信仰で、宗教体験の無い、ただの宗教学者である事に問題が有るのでしょう。

もし伝統宗教の人達が、もっと熱心に、神や霊魂の実在について説いていれば、ここまで「死んだら終わり。今が楽しければいい。自分さえ良ければいい。」と言った人達が増える事は無かったでしょう。

そうした弊害は、伝統宗教にも影響が出始めて、今や、僧侶や神主も呼ばず、無宗教の葬式を行う人も増えているようです。

高額のお布施を納めて、その裏で、聖職者が高級外車を乗り回し、高級クラブへ通っていると成ると、納得はいかないものです。

伝統宗教は、新興宗教と比べて、多くの人から安全な宗教として捉えられてはいますが、自らの有り方を、真剣に見直さなければ、これからの時代を生き残っていくのは難しいのかも知れません。

このままでは、物質中心主義の世の中も行く所まで行って、宗教が不要な時代が来る可能性も有ると言えるでしょう。

人生の有終の美を飾るのは良いかも知れませんが、やはり死後の世界を無視した終活は、魂が抜けている活動と言って良いでしょう。

この世の人生の終わりを考えるなら、やはり死後の世界についても学び、あの世の生活に備えて、幽体を鍛えるべきと言えます。

契山館には、その為の技法や教材が多数有ります。

先ずは、以下の書物を読んで頂けたらと思います。この世の生活。死後の生活。人が本来、霊的生命体である事を前提に、先ずは、知っておくべき大切な事が書かれています。Amazonから誰でも購入出来ます。

『死後まで続く幸福のために』- 霊魂や低い幽気の悪影響を防ぐ(電子書籍版)


『死後まで続く幸福のために』- 霊魂や低い幽気の悪影響を防ぐ(ペーパーバック版)


そして、サイトのリンクにも有ります、各地区の集会を見学頂き、契山館の霊的修行や高級な霊的空間を体験して頂けたらと思います。また、いろいろ疑問に思う事が有れば、質問して頂ければと思います。

契山館では、法令遵守、倫理・道徳に沿った活動を大切にしていますので、しつこい勧誘など、一切、有りません。ご安心下さい。

太郎

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ある修行者の独り言(地獄)

地獄1

先日、胃カメラでの検査を受けました。

これまでも胃カメラの経験はありましたが、久しぶりに喉に管が入ると、その時間がまるで拷問のように感じました。

自分のための検査を拷問に例えるとは、我ながら失礼な事を言っているとは思いますが、こんな感じでしたから、本当に拷問を受けたら、まさに生き地獄だろうと思いました。

私のようなヘタレは、ほんの数秒で、ある事ない事、全て白状してしまいそうです。

人間の肉体は弱いです。病気や怪我、飢えや寒さ等は、肉体に耐えがたい苦痛を与えます。

しかし、拷問やリンチ等、人間によってもたらされる苦痛は、それどころではないと思います。その苦痛に、「残虐性」が加わるからです。

人類の歴史を見るに、火あぶり、皮はぎや、鼻・耳そぎの上、内蔵を取り出す等、様々な処刑方法が実行されてきました。

こういうやり方は、一瞬で命を奪うのではなく、じわじわと苦痛を与えながら、最終的に絶命させるというものですから、残忍そのものです。

人間の残酷性の表れは、個人の処刑やリンチの場面だけではありません。

例えば、19世紀後半の某国では、ゴムの採取のために、先住民が過酷なノルマを課されて強制労働させられていました。

そこでは、ノルマを達成できない者は直ちに射殺されたり、その子供の手や足が切断される等の蛮行が行われていたものであり、最終的には1000万人以上の先住民が殺害されたと言われています。

これはほんの一例に過ぎません。
人間の歴史は、殺戮の繰り返しであり、支配と被支配の構図による悲劇の連続です。

それ故、真に恐ろしいのは、病気でも自然災害でもなく、人間なのです。

今この瞬間にも、地球のどこかで凄絶なリンチや拷問を受けている人達がいると思うと、背筋がぞっとする思いです。

のみならず、現在、誘拐や人身売買によって奴隷化されている人達が、実に1500万人位いると言われていますから、驚くばかりです。

誘拐した子どもの目をつぶしたり、手足を切断して、彼らを物乞いとして利用する組織も存在するようですから、その支配の仕方は残酷そのものです。

多かれ少なかれ、人間には誰でも残酷な面があるとしても、このように死ぬか生きるかのレベルでの残虐な仕打ちが出来る人達は、ひとかけらの情けもないばかりか、人の苦しみに快感すら感じていると思われます。

一方、奴隷的拘束を受け、逃れる事ができない人達にとっては、この世はまさに生き地獄です。生きている事自体が、耐えがたい苦痛の連続だと思われます。

しかし、人間には必ず死ぬ時が来ますので、そのような苦痛も、いつかは「死」が解決してくれます。

では、死後の世界の地獄はどうでしょうか?

地獄2

「死ねば皆、仏」等と言う人がいます。

そうすると、死者は皆、慈悲に満ちた聖人のような存在になっていますので、住む環境も素晴らしいはずであり、地獄は存在しない事になります。

しかし、地上で残虐の限りを尽くした人が、死んだとたんに聖人のようになるでしょうか?

人の苦痛が楽しくてしょうがなかった人が、180度転換して、人に慈悲や情けを向けるでしょうか?

そういう人達は、あの世でもターゲットを見つけて、虐めたいと思うのではないでしょうか。

あるいは、逆に被害に遭っていた人も、あの世で恨みを果たすべく、今度は自分が虐める側になったとしても、不思議ではありません。

そうすると、ここでもまた、人が人を支配するという関係が生じ、地獄が生まれます。

そもそも、あの世(幽質界)には地獄は存在していませんでした。

これが形づけられたのは、人間が幽質界を出て地上に降り、死によってまた幽質界に戻ってきた時、その幽体が住むのにふさわしい世界が自ずと生まれたからです。

もっとも、実際は、最初から極端な地獄に落ちていく人はいないようであり、低い世界から徐々に低い世界に落ちていくようですが、いずれにしても、地獄のような低い世界を作ったのは人間です。

何が地獄かと言うと、もちろん、肉体を脱ぎ捨てている以上、病気や飢え、寒さ等ではありません。

また、お金を稼いで衣食住を整える必要もありませんから、生活苦、借金地獄等もありません。

それは、他の人間から恐怖によって支配され、あるいは捕らえられて痛めつけられ続けるという苦痛です。

肉体がない以上、痛み等もないと思われがちですが、「念」で攻撃された時の痛みは、尋常でないようです。

幽質界は、空気がありませんので、声での会話はありませんが、その代わり、テレパシーによって考えている事が伝わるようです。

同様に、霊魂には肉体がありませんので、物理的な力を行使することは出来ませんが、その代わり、「念」によって相手を攻撃することが出来るようです。

その痛みたるや壮絶なようですから、タチの悪い集団に囲まれ、念による攻撃を受けたら、ひとたまりもありません。

幽体の体は引き裂かれ、これが元に戻ってもさらに引き裂かれるなど、その集団が飽きるまで攻撃は続きます。

地上と違って時間の観念はありませんし、疲れるという事もありませんから、いつ解放されるかも分かりません。

しかも、死ぬことはないわけですから、まさに永遠の地獄です。

地獄絵には鬼が出てきますが、鬼という霊的生命体がいるわけではありません。
情け容赦なく人を虐待する、まさに鬼のような人間達が低い世界を支配しているのです。  

地獄3

このような世界に落ちたら最後、這い上がろうにも這い上がれません。

ですから、まずは生きているうちに、死後に低い世界に落ちないようにしておく必要があります。

そして、その第一段階として、どういう理由で、どういう人が高い世界に行き、どういう人が低い世界に落ちるのか、その基準ないし法則をハッキリと認識しておく必要があります。

自分はいい人だから天国に行く等と信じている人は、「いい人か否か」を基準にしているようですが、そのような基準は、あの世には存在しません。

善・悪は相対的な問題であり、人の主観にも左右されるものですから、「法則」になり得るはずがありません。

では、その法則をどのようにして発見するかですが、地上の知識の中から学べるはずはなく、霊的世界からの通信によるしかありません。

それ故、法則を知りたければ、高級な霊媒による、高度な通信が書かれた書物を探すのが一番です。

そこで私は、師が書かれた『死後まで続く幸福のために』という書物をお薦めいたします。

少しでも自分の死後に興味のある方には、是非、生きているうちに、いや、少しでも早いうちに読んで頂きたいと願います。

by ドーン

『死後まで続く幸福のために』- 霊魂や低い幽気の悪影響を防ぐ(電子書籍版)

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危機の実感

人間というものは、目の前に迫っている、目に見える危機を実感することは簡単です。

でも、実際には間近に迫っていても、目には見えない危機には鈍感な場合が多いもので
す。

たとえば、霊的な環境が極端に悪化している現代においては、巷に邪霊と呼ばれる、人間を不幸にすることに生き甲斐を感じているような悪い霊魂が溢れています。

でも、邪霊は目には見えないので、彼らに囲まれて、その悪い影響を受けていたとしても、気付かない場合がほとんどです。

不幸や災難が、まさか邪霊の関与により引き起こされているとは、思わないのです。

本当に邪霊が街に溢れているのです。

邪霊そのものは肉眼では見えませんが、邪霊の活動の痕跡は、様々な形で目にすることが出来ます。

ただ、ほとんどの方が、その事件や災害、不幸な出来事などの背後で暗躍する邪霊の存在に、全く気づいていません。

もし、その邪霊の姿が見えたら、人々は《契山館》の《神伝の法》に殺到するはずなのですが、分からないということは、本当に怖いものです。

「霊魂なんて存在しない」「霊魂なんて馬鹿らしい」「神なんているわけがない」「死後の世界なんて科学が未発達だった時代の迷信にすぎない」などと、無神論、物質信仰に陥ったまま、《死》を迎えたらどうなるのでしょうか?

何の準備もしないまま、見知らぬ国の暗黒街に放置されるようなものだとしたら?

もう、人類はこのまま邪霊の催眠術にかかり続けてはいけません。絶対にいけません。

人類は、もういい加減に目を覚まさなければいけません。

一人でも多くの方が、邪霊の催眠術の呪縛から解き放たれるよう、私達は今、声を上げています。

この世においても、あの世においても、もうこれ以上、霊的に不幸になる方を増やしたくないのです。

《霊魂》は存在します、《死後の世界》も存在します。

邪霊の干渉をこれ以上許さないためにも、《死後の世界》で暗黒街に放置されないためにも、この世においては肉体と重なっている、《幽体》という霊的身体を健全化し活力を高めなければなりません。

そのためのトレーニング法、《神伝の法》が《契山館》にはあります。

また、目に見える危機であっても、間近に迫っていないと、対岸の火事、他人事であって、具体的な危機の実感は得にくいものです。

たとえば、《死》は肉体を持つ人間にとっては、最大の危機ですが、遠い未来のことと漠然と考えていると、実感は持てません。

やはり世の中の皆さんを観察してみると、「自分自身の死」を実感することを避けたり、逃げておられる方が多いようです。

明日、生きている保証さえないのが現実なのに、当面、生きていると信じているか、または信じたいのだと思います。

皆さん、なかなか、強固な信仰心をお持ちなのです。何の根拠もないことを、信じておられるのですから。そして、遠い未来の事は考えたくないのです。

確かに、明日、死んでいる可能性より、生きている可能性の方が高い方がほとんどでしょう。でも、保障などありません。

そして、このブログをお読みの方の多くは50年後には、この世にはおられません。《霊魂》として、《幽質界》という《死後の世界》におられるでしょう。

100年後には、まず全ての方が《霊魂》になられています。

こういう内容を目にされると、「不吉だ」とか「縁起でもない」とか「怖い」などと思う方も、おられるかもしれません。

でも、逃げずに、現実を直視して頂きたいのです。

《死》が、絶対に避けられないのが現実なら、逃げずに《死》と真剣に向き合って頂きたいのです。

そして、《契山館》で《神伝の法》を行い、死後に備え、《死後まで続く幸福》を手に
して頂きたいのです。絶対に、この機会を逃さないで頂きたいのです。

なおいー

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ある修行者の独り言(「ボーッと生きてんじゃねーよ!」)


画像①[1]
(2018/07/13NHK放送「チコちゃんに叱られる」より)

NHKに、「チコちゃんに叱られる」という番組があります。

5歳児のチコちゃんが、ゲストに対して、日常生活において何らの疑問も持たずに当たり前に行っている事柄について、「何故?」「どうして、そうなの?」等と質問し、ゲストが答えられなければ、「ボーッと生きてんじゃねーよ!」と叱り飛ばして、答えを解説するという番組です。

チコちゃんの表情や声がユニークなのと、5歳の女児なのに中年のオッサンのような口調になったり、悪態をつく様子が面白く、人気を博しているようです。

この番組を見ると、「そういえば、どうしてだろう?」と、疑問が生じてきます。日常で何となくやり過ごしている事柄が多いことに、改めて気付かされます。

また、質問によっては、答えを当てさせるというよりも、人の心に訴えかけて考えさせるようなテーマもあるようです。

例えば、「親と一緒に過ごせる残り時間は?」という質問もあり、意外と残された時間が短い事に驚かされ、親との関係を見つめ直す契機になったりするようです。


画像②[1]
 
(チコちゃんに叱られる!―NHK-NHKオンラインより【http://www4.nhk.or.jp/chikochan/】)

では、チコちゃんに倣って質問です。
「人間の避けられない運命として【死】があるけど、死んだらそれでおしまい?」「魂が死後の世界に行くということは有り得ないの?」

これに対しては、「死んだら終わり。死後の世界はない。」と言い切る人が多くいらっしゃると思います。

でも、チコちゃん風に言えば、こういう突っ込みになるかもしれません。

「じゃあ、古今東西を問わず、人々が魂を信じてきたのは何故?」

「昔は科学が発達していなかったから、人々は魂を信じていたけど、科学が発達した現代においては、魂は存在しないと言うとしたら、論理が飛躍してない?だって、魂が存在するとしたら、それが向かう先は物理世界の法則を超えた霊的世界なんだから、科学で結論が出る分野じゃないよね? 科学の発達の度合いと、魂を信じるか否かは、理屈として無関係じゃないの?」

「そもそも、肉体の死によって人が無に帰すという根拠は何?」
「意識活動は肉体の脳の機能によるものであり、脳が不可逆的に機能を停止した以上、その人には自分という意識があるはずないから、無になるってこと?」

「そうすると、死は脳死なの? 心臓が動いていれば、日本においては原則として死亡を認定しないけれど(いわゆる三徴候説)、死が脳死だとすると、その人は既に無になっている事になるよね。」

「さぁ、どっち? 心臓が動いていても脳死なら既に無になってるの? それともまだ無ではないの?」

「ビッグバン理論って聞いたことあるよね?  宇宙は極端な高温密度の状態で生まれた後、拡張していっているという理論。

このビッグバンは、物理法則の普遍性、宇宙原理、コペルニクスの原理といった3つの仮定に依存していて、現在、観測的証拠としては肯定的なものと否定的なものがあるようであり、未だ「仮説」「推論」として扱われているみたいだね。勿論、誰もビッグバンを見たわけじゃないしさ。」

「それなのに、ビッグバンについては『絶対に無かった。』と確信する人は、いないよね。むしろ、科学者が唱えれば『そうかもしれない。』と信じる人ばかりじゃないの?」

「一方、宗教が『魂はある』と言うと、どうして、『有り得ない』と、確信をもって否定できるの?その理由は何?」

「えっ?答えられない?」
「ぼーっと生きてんじゃねーよ!」

「そもそも、死について何も考えないまま、死後の世界は無いという結論を出してんじゃないの?
人間は必ず死ぬ運命なんだから、死後、自分がどうなるか真剣に考えたらどうよ?」

画像③[3]
          
そうです。人は必ず死ぬのです。自分だって死ぬのです。だから、本来、真剣に追求して良いテーマなのです。

海外旅行に行く場合には、行き先国の情報を得て準備をしますよね。
それなのにするのに、自分が死んだ後の世界を考えないというのは、私としては不思議でなりません。

かく言う私も、守護霊や指導霊から、「ボーッと生きてんじゃねーよ!」と叱られそうです。日頃の修行にもっと気合いを入れる必要がありそうです。

ともあれ、皆さん、「死」について、自分の問題として一度は深く考えてみて下さいね。

まだ霊魂を信じていない方には、師が書かれた「霊魂は居ると思いますか?」という書物がお薦めです。

by ドーン

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このブログの内容は契山館の公式な見解ではありません。書き込み者の自由な書き込みを期待する為に、内容については原則として分会は干渉していません。誹謗中傷など、誤解を受けるような部分がある場合等を除き、書き込みをする人達の見解を掲載しています

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