富士の風に吹かれて~契山館 静岡分会

霊的な真実を探る旅に出かけよう!

人生

墓じまい

契山館静岡分会のmr.poraiです。

当家の墓じまいの道筋が見えた安堵感からか?世間一般では墓じまいをどのように考えているのか?ふと、気になりました。

そんな折、近所の葬祭会社主催の「宗教者の観点による墓じまい」なる講話があるという情報を得ました。

宗教団体の主催でない以上、妙に布教される危険も少なかろうと、一度話だけでも聞いてみようと思った次第です。

会場は葬祭会社の、葬儀終了後の酒食を供する「祓えの膳」が行われる小ホールで、百名程度が会食できる広さがありました。

机の並びはスクール形式で、80席余の会場に集まったのは20名弱。夫婦連れがいたので、組でカウントすると12~13組と言った程度の聴衆でした。

講演者はこの地域で最も多い、お題目系の宗派に属する僧侶。

お話の内容は、mr.poraiに言わせると、中身がないものでした。

墓じまいを後ろめたく感じる人に対する法話?に終始し、墓じまいに際する手続き的なことは、ほとんど話題にされませんでした。

何やら、墓じまいという選択も、ご供養の一形式なんだそうです。

『真実を求めて』-悪魔の霊言を知る


僧侶等が言うご供養とは、霊的な観点からみると、当を得ていない事情が良くわかります。

・・・・・・・・・・

さて、その講話が一段落した後、質疑応答の時間となりました。

それなりに墓じまいを真剣に考えている方の質問。

「今の菩提寺とはどのように交渉したら良いか?」

「将来的に菩提寺と交渉するに、今の時点ではどのような付き合いをしたら良いか?」

まぁ、真面目な質問だと思いました。

ですが、質問者の中には“??”という問答を仕掛けた方がみえました。

問答仕掛け人「“有難う”の反対語はなんですか?」

mr.poraiこころの声「そんな質問、墓じまいとは関係あらへんやろ。しいて言えば“有難う”の反対語は“当然”とか“当たり前”やろ。」

ご住職「お答えをお持ちの上でのご質問と思いますが、いかがでしょう?」

mr.poraiこころの声「まぁ、プロの宗教家らしい逆質問やな。およそそんなもんやろ。」

問答仕掛け人「私が理解しているのは“当たり前”です。」

以後、奇妙な問答仕掛け人が数名いて、お経を唱えたので願いが叶っただの、何じゃらカンじゃら、御利益自慢発表会に変わりました。

真面目に墓じまいを考えておられる方々は、ドン引きしているようでした。

住職は頃合いを見計らい「予定の時間がきましたので、ご縁があればまたお話を聞かせて下さい。」と言い、トットと会場を後にしました。

・・・・・・・・・・

墓じまいを真面目に考えている方の一部は、死後の世界についても関心があるのではと考えていました。

しかしながら、どうしても“ご供養という観念の縛り”に捕らわれておられるように思えました。

終活の一環で墓じまいを考えておられるなら、せめて死後の世界について真剣に考えて欲しい。

そうしなければ情報の大海の中から契山館を見つけ出すことはできないのに‥。

・・・・・・・・・・

粗品を手に、まるで消えるかのように会場を出た際、思わずため息をついたmr.poraiなのでした。

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終活年賀状

契山館静岡分会のmr.poraiです。

昨今“来年から年賀状を辞退させていただきます”そのような一文が添えられた「終活年賀状」が広がりつつあるようです。

理由はさまざまあるようですが、主に“人間関係を整理したいから”“高齢になったから”というものが多いそうです。

古る昔、mr.poraiも終活年賀状を頂いたことがありました。

ひょんな事からお知り合いになったご高齢の方だったのですが、“米寿を迎えたので”が理由だったと記憶しています。

当時、20歳代であったmr.porai、何か水くさいような、さびしい思いがしましたが、翌年から、当方も年賀状を差し控えました。

あれから三十有余年、その間転職を機に人間関係の整理を経験しましたので、今では“終活年賀状もありやな”と思える次第です。

終活年賀状を出したからと言って、何も人生が終わるわけではないようです。

それは、あくまでも“今回の人生の終活”に過ぎないのです。

この世に於ける身辺整理にメドを付けられた方がおられましたら、是非、後生のことも考えて頂きたいのです。

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自身の弔いのあり方について“永代供養合葬墓”“樹木葬”“散骨”果ては焼骨すら引き取らないよう、希望をされる方もおられるようです。

シビアな話になりますが、関東地方では焼骨を“全骨収骨”するそうですが、関西では“部分収骨”が一般的なようです。

斎場によっては「遺骨引き取り辞退意思確認書」により、焼骨を引き取らなくても済む扱いをする処もあります。

しかしこれは、あくまでも“法と秩序に則った遺体処理”に過ぎないのです。

このブログにたどり着いた方にはもうお判りかと存じます。

終活をお考えの方には、終活を行う冷静さがあるうちに、水波霊魂学を覗いてみて頂きたいのです。

従来の宗教とは異なる主張をしていますので、当初は受け容れがたいと感じられるかも知れません。

契山館では“自由意思”や“辞める自由”が保障されておりますし、当然ながら、生活信条にまで立ち入ることはありません。

“人生の持ち期間”を、ご自身の裁量により、自由な生き方をなさればよろしいのです。

静岡近県ではあるものの生国を離れたmr.porai、いずれ墳墓の地を仕舞うこととなります。

墳墓は、とあるお寺の境内墓地。宗教法人たる寺院の運営責任は、代表役員にあります。

代表役員とは、会社で言う代表取締役。代表役員住職≒代表取締役社長といって、ほぼ間違いはありません。

会社では定款の定めに“社長は代表取締役となる”という規定があるでしょう。

宗教法人であるお寺には寺院規則があり、“住職は代表役員となる”という規定を置いているようです。

mr.poraiが計画する墓じまいの道筋については、代表役員住職と合意しました。

問題は親戚対策ですが、もとよりその数は少ない方で、十数年先には代替わりか何かでもっと縁が薄くなり、墓じまいに際し苦情を言われることもない見込みです。

多少苦々しく思う遠縁がいたにせよ、生国から離れて暮らしておりますので、直接何か言ってくる可能性は低いというものです。

今回、墓じまいの道筋が付いた安堵感から、ぼやきにしては少し熱が入りました。

写真はmr.poraiの住む西隣の「羽衣伝説」がある街の、橋のたもとで撮影しました。「羽衣橋」とかいうようです。

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幸福になるために

皆様は「《幸福》になりたい」と、お思いですか?

あるいは、今、《幸福》な方は「これからも《幸福》でいたい」と、思っていらっしゃいますか?

おそらく、ほとんどの方は、そのように思っていらっしゃるはずで、不幸を望まれる方は、少ないのではないでしょうか?

私ももちろん、不幸になるのは嫌です。出来れば、ずっと《幸福》でいたいと願っています。

さて、私はここで、人間が《幸福》になり、その《幸福》を、ずっと持続させる方法について述べようとしているわけですが、その私達の求める《幸福》とは、一体、どのようなものなのでしょうか?

実は、私は肉体の死が、人生の終わりだとは思っていません。

肉体の死後は、《霊魂》として、《死後の世界》で生き続けると信じています。

この世の人生は、長くても100年程度です。

でも、《幽質界》と呼ばれる《死後の世界》では死がないので、それより遥かに長く生き続けるそうです。

ですから、私達が求める《幸福》が、この世のみで通用するもので、死後の《幽質界》では、全く通用しないのでは困るのです。

長くても100年の、この世での《幸福》を求めるあまり、それより遥かに長い期間、死後の《幽質界》で不幸になるのでは困るのです。

私達が求める《幸福》は、《幽質界》と呼ばれる《死後の世界》でも、通用するものでなくてはならないのです。

分かりやすく言えば、「この世でも、あの世でも《幸福》になりましょう」ということです。

ところが、私達が、この世・物質界で求める幸福のほとんどが、自身や自身の身近な存在のみが幸福になれればよい、とする利己的なものであったり、今さえ幸福ならばよい、とする刹那的なものだったりするのです。

もちろん、肉体を持って生きている以上、それらの幸福の全てを否定することは出来ません。

たとえば、毎日、食物を摂らなければ、生きていくことが出来ません。

しかしながら、人間が、肉体の死後も生き続ける霊的生命体である以上、《死後の世界》でも通用する、《霊的な幸福》を求めることを忘れてはならないのです。

もっとも、私達は、まだ《霊魂》になって《死後の世界》の住人になっているわけではないので、《死後の世界》でも《幸福》になるための方法が、分かるはずがありません

でも、私達の先輩で、今は《幽質界》の《幸福》な世界で、高級な《霊魂》として存在されている方々のお話を伺えば、私達も、どうすれば、《死後の世界まで続く幸福》を実現することが出来るのかが分かるのです。

そうした霊魂方の声が、《契山館》を主宰されている《水波一郎先生》を通して、《水波霊魂学》として、私達に伝えられているのです。

さて、では、どうすれば私達は、物質界においても、死後の《幽質界》においても、幸福になれるのでしょうか?

それには、《幽体》という、物質界では肉体と重なっている霊的身体を鍛えて、健全化し、成長させることなのだそうです。

私達は、物質界においても、《幽質界》においても、《幽体》の健康の度合い、成長の度合いの近い存在同士でないと、お互いに影響を与え合えないのだそうです。

今、この物質界の人間には、肉眼には見えませんが、2種類の対照的な霊的存在が、関与して影響を与えています。

一方は、《守護霊・指導霊》などの、私達を霊的に成長させ、《幽質界》まで続く霊的な《幸福》への道に導こうとする存在で、健全で、とても成長した光り輝く《幽体》をお持ちの存在です。

もう一方は、不道徳な霊魂や邪霊などと呼ばれる、私達に悪戯をしたり、様々な画策をして、不幸にして苦しめようとする存在で、その《幽体》は不健全で未成長です。

大事なことは、私達の《幽体》が健全で成長していて、《守護霊・指導霊》の《幽体》の状態に近ければ、その指導が受けられ、私達は《幽質界》まで続く、《幸福》の道を歩んでいくことが出来ます。

でも、私達の《幽体》が不健全で未成長だと、《幽体》の状態が、邪霊などに近いので、その干渉を受けて、予期しないような不幸に見舞われる危険が増します。

さて、私達が肉体の死を迎えると、私達は、それまで重なっていた肉体と離れて、《幽体》で《幽質界》へ向かいます。

この《幽質界》においては、《幽体》の健全の度合い、成長の度合いの違いは、物質界以上に顕著に現れると言えるでしょう。

物質界では、肉体があったので、肉体を持った者同士であれば、《幽体》の状態に関係なく、同じ空間に存在し、互いに交流することが出来ました。

ところが、《幽質界》では肉体がないので、《幽体》の状態が異なると、同じ空間に存在することも、意思の疎通を図って交流することも、難しくなってしまいます。

ですから、《幽質界》では、《幽体》の状態が近いもの同士が同じ階層に住むことになります。

《幽質界》では、上の階層ほど、《幽体》が健全で成長した霊魂が住む《幸福》な世界です。

一方、下の階層ほど、《幽体》が不健全で未成長な霊魂が集まる不幸な世界です。

もし、《幽体》の状態が悪く、下層の《幽質界》へ入ってしまうようなことになったら大変です。

暴力的な《霊魂》に囲まれて、いつまでも、地獄のような苦痛に、耐え続けなければならなくなるかもしれないのです。

では、私達は、どうすれば、《幽体》を鍛えて、死後の《幽質界》まで続く幸福を、実現していくことが出来るのでしょうか?

実は、現代は私達を取り巻く霊的環境が悪化しているので、何も対策を講じなければ、私達の《幽体》の状態は、どんどん悪化してしまうのです。

そして、その《幽体》を鍛える唯一の確実な対策が、《神伝の法》という霊的トレーニング法です。

《神伝の法》を、日々、着実に行じていけば、確実に《幽体》を健全化し、成長させていくことが出来るのです。

どうか、《契山館》で《神伝の法》の実習を始めて頂き、《死後まで続く幸福》への道へお入り下さい。

ご質問などがおありでしたら、ご遠慮なくお寄せ下さい。

また、《契山館》では、《静岡分会》を始め、各支部・分会集会の見学も受付中です。開催日時等は、お問い合わせ下さい。

なおいー

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死と向き合う

私が宗教的な世界、霊的な世界に関心を持ったきっかけは、自分自身の「死」を強く意識するようになったからでした。

その後、「死んだらどうなるのか?」、「死後の世界はあるのか?」、「あるとするなら、どのような世界なのか?」などの疑問が頭を離れなくなりました。

とても辛い経験ではありましたが、その結果、最終的に《契山館》に辿り着くことが出来たのですから、それで良かったのだと感謝しています。

もし私が、「死」を強く意識することがなかったら、私は無神論に陥り、立派な物質科学信仰者になっていたかもしれないからです。

高級霊魂の制止を振り切ってまで、《神霊》から認められているという自由を行使して、物質世界へと降った原罪への報いなのか、私たちは物質界での死から、誰一人逃れることができなくなりました。

でも私には、誰でも必ず肉体の死を迎えるという、その現実から目を背けて、あたかも、物質世界で永遠に生き続けるとの、幻想にとりつかれている方が、多いように思えます。

しかし、幸か不幸か、人生には嫌でも「死」を意識せざるをえない時があります。

身近な人の死、病気、事故、災害、戦争・・・。

誰でもこれらの不幸を避けて、幸せな人生を送りたいのが人情でしょう。

けれども、人間には、避け難い不幸に見舞われることもあります。

であるならば、その現実を、死後の《幽質界》でも通用する、真の幸福を掴むための、きっかけにして頂きたいと願うばかりです。

幸い現代は、誰でもインターネットで検索が出来る時代となりました。

自らの死を意識すれば、多くの方が、《死後の世界》について検索なさると思います。

そうなれば、《契山館》に辿り着くことが出来る方も多いでしょう。

一人でも多くの方が《契山館》と出会い、《水波霊魂学》を学び始め、《神伝の法》の霊的トレーニングを始められますことを、願ってやみません。

なおいー

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プロフィール

契山館 静岡分会

このブログの内容は契山館の公式な見解ではありません。書き込み者の自由な書き込みを期待する為に、内容については原則として分会は干渉していません。誹謗中傷など、誤解を受けるような部分がある場合等を除き、書き込みをする人達の見解を掲載しています

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