富士の風に吹かれて~契山館 静岡分会

霊的な真実を探る旅に出かけよう!

日々の気づき

鳩の宴

契山館静岡分会のmr.poraiです。

当地も稲穂が出る時季となりました。

鳩が稲穂をついばむ姿を目撃しましたので1枚。

道路の高さがあるので、鳩にとって稲穂は丁度良い高さに頭を垂れつつあります。

雀は稲の茎につかまり稲穂をついばむみたいですので、農家さんにとっては害鳥ですが、ここでは鳩の害の方が大きいようです。

みんないつだって生きるのに精一杯!

なんだか疲れた感じがして、今日もまたため息をつくmr.poraiなのでした。

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6月に暖房

久し振りの、写真紀行以外の投稿文です。

6月に暖房を使用することは、北海道や東北北部、あるいは標高の高い地域では珍しいことではありません。

しかし、6月も中旬になってから、私の現在の居住地である、南関東の海沿いの平地で暖房を使ったのは、私が物心ついてから、初めてのことだったと思います。

6月に入ってからの南関東は、冷房が必要なほど暑い日があったかと思えば、暖房が必要なほど冷たい雨が降ったりと、変動の激しい気候が続いています(6月11日記、同15日・18日修正)。

先日、所用で西日本へ出向いたのですが、関東は上着が必要な気温だったのに対して、西日本は半袖でも暑そうな夏の気温でした。

そんなに緯度の変わらない東西の移動だったのですが、まるで、北海道から関東、関東から沖縄のように、北から南へ、長距離の移動をしたかのようでした。

この時期などに、例えば北海道から新幹線で東京へ向かうと、初めは暖房が入っていたのに、関東が近付くと冷房に切り替わる、などということがありますが、今回は、それと同じような気温差でした。

最近のエアコンは、スイッチ1つで冷房と暖房の切り換えが出来るので、問題はないのですが、昔は私の家では、この時期にはストーブは片付けられて物置にしまわれていたので、どんなに寒くても我慢するしかなかったでしょう。

しかし、その北海道も、今年は5月中に40℃近い猛暑日になった所があります。

数年前には、沖縄本島で約40年振りに降雪を観測しました。

どうも、世界的に気候の変動が、激しさを増していることは間違いないようです。

熱帯、温帯、寒帯といった特徴や区分が失われ、日本などの四季の変化が明確だった地域では、その遷移がはっきりしなくなってきました。

これらの変動に、霊的な問題が関わっているのかどうかは、私には分かりません。

この物質界は、不道徳な霊魂が、霊的に隙ある人間を見つけて、悪戯をして楽しむための、遊技場のようになってしまっているのが現実のようです。

そうなると、彼らが人類が消滅するほどの、物質界の極端な環境破壊を、望んでいるとも思えません。

このままの物質界が続いてくれれば、不道徳な霊魂は、隙ある人間に干渉を続け、仲間や手下を増やして、勢力を拡大することが出来るのですから、それを手放そうとするとは考えられません。

そうなると、やはり、二酸化炭素などの温室効果ガスの放出過多による、地球温暖化が原因なのでしょうか?

そうだとすれば、産業革命以後、意図的に温室効果ガスを大気中に放出し続けてきたのは、霊魂でもなければ、他の動植物でもありません。

私達人間が、自らの利己的な欲望を満足させようとしてきた結果なのかもしれません。

私達が、自らの利己的な欲望を抑制して、地球全体の将来や、他の動植物のことなどを、真剣に考えてこなかった結果なのでしょう。

しかし、食べなければ生きることが出来ない、肉体を持った人間は、自己防衛本能を捨てさることが出来ません。自己を優先する利己主義から離れられないのです。

それでは、どうすれば良いのでしょうか?

私には、全ての鍵は、《神伝の法》の《霊的トレーニング》により、《幽体》を鍛え、成長させることにあるように思えてなりません。

私達の《幽体》が健全化し、強い《幽体オーラ》が伸びるようになれば、《守護霊・指導霊》の視界に入ることが可能となります。

そうなれば、《守護霊・指導霊》と私達との、結び付きが強まり、私達の《幽体》は、《守護霊・指導霊》のお持ちの、高級な《幽気》の刺激を受けます。

その結果、私達の《幽体》意識の高級な部分が目覚め、それが表現されるようになれば、肉体意識も何らかの影響を受けることでしょう。

地球温暖化の問題に限らず、それらの 何らかの影響に、すなわち、《幽体》意識の成長に、諸問題を解決するための糸口が見い出せるのではないか、と私は推測しています

人間の生き方は自由ですが、その自由の行使は、肉体の自己防衛本能を、満たすためのものだけであってはならないと思います。

せめて、《霊的トレーニング》で《幽体》を鍛え、霊的な成長を目指す、という前提に立った上での、自由である必要があるのではないでしょうか。

不道徳な霊魂が、いちばん恐れること、それは《霊的トレーニング》を行い《幽体》を鍛える人間が増えることです。

なぜならば、《幽体》が健全化し、強い《幽体オーラ》が伸びている人間には、眩しくて近寄れず、悪戯が出来ないからです。

すなわち、《霊的トレーニング》を行い、強い《幽体オーラ》が伸びる方が増えれば増えるほど、この世から、不道徳な霊魂の活動する場が、狭まっていくのです。

やはり、一人でも多くの方に、一日も早く《霊的トレーニング》を始めて頂きたいと願うばかりです。

なおいー

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花粉症(2019/02/25)

契山館静岡分会のmr.poraiです。

今年もやってきました。あの季節が。

本日アップした富士山ですが、ぼんやり霞んでおります。

まぁ、春霞と言えばそうなのですが、実際はそのような雅やかのものでは無いと思えます。

mr.poraiの自宅付近にスギ林が無いにも関わらず、車のフロントガラスには、あの、黄色い微粉末が…、びっしりと付着しています。

春霞の正体はスギ花粉に相違ないと思っております。

昔むかし、仙人は霞を吸っていたと言うことですが、仙人も肉の身をもつ人間である以上、花粉症の方も見えたでしょう。

花粉症になったニホンザルもいるそうですが、今ほど目立つことはないにせよ、むかしから花粉症を持ったニホンザルはいたのでしょう。

ニホンザルにしてこうなのですから、人間ならなおのこと…花粉症は業病だと思っております。

さて、仙人は、そのような毒霞を吸っていたのでしょうか?

これはmr.poraiの想像ですが、仙人は山に降りる高級な幽気を吸っていたように思えます。

幽質の気は、当然、物質ではありません。

では、幽質の気とはどのようなものなのでしょう?

そして高級な幽気とは何なんでしょう?それを吸うことでどうなるのでしょう?それを吸うためにはどうしたらよいのでしょう?

その答は契山館にございます。

このブログにたどり着かれた方は、ぜひ、契山館の主張を知って頂きたいと思います。

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五感では感じることが難しく、実態が無いようで有る存在を“霞”と名付けたネーミングセンスについて、時に詩的に感じ入るmr.poraiなのでした。

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温泉みやげ(みそぎ?)


契山館静岡分会のmr.poraiです。

よく、トップスリーを表す言葉に「三大○○」なるものがあります。

清少納言の『枕草子』117段によりますと「湯はななくりの湯、有馬の湯、玉造の湯」とあるそうです。

写本の中には、この記事が欠落しているものもあるとか。

とはいえ、これらの温泉が一定程度、有名であったことには間違いがないでしょう。

「ななくり」は「七栗」として、現在の榊原温泉(三重県津市所在)という説があります。

津市の観光行政としては、当然、この説を推しています。

「ななくり」を冠した温泉みやげに「ななくりせんべい」なるものがあります。

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主に津市南部で売られているようで、mr.poraiもその地域のショッピングモールで買い求めました。(もちろん、温泉と松阪牛も愉しみました。)

せんべいの個包装に以下のような記事が載っています。

『しるしあらば 七栗の湯を ななめぐり 恋の病の みそぎにやせん(室町時代にうたわれた)』

mr.poraiの独言『「恋の病?」「みそぎ?」何じゃそりゃ? 温泉巡りがみそぎ? エロー判らんなぁ。「みそぎ」と「沐浴(もくよく)」の混同?』

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「沐浴」は水や湯で髪や体などを洗い身を清めることですが、身体の清潔を意図するにとどまると思えます。

沐浴を含む四字熟語には「沐浴斎戒(もくよくさいかい)」とか「沐浴潔斎(もくよくけっさい)」とかいう言葉があります。

斎戒や潔斎の意味は、神仏へのお祈りや神聖な儀式の前に飲食や行動を慎むということだそうです。

字面は重々しいですが「斎戒」や「潔斎」の意味合いは、高級な霊的存在を拝する心の準備のため、飲食行動を慎むにとどまるとも言えるような気がします。

これはあくまでも、自分を自分で律するに過ぎません。

ところが、温泉巡りの「しるし」により、何らかの心境変化への期待がされているということは‥、

斎戒沐浴にみられる自律的意念の調整とは違い、他所からもたらされた何らかの「効き目」があったということでしょう。

「みそぎ」と「沐浴」が混同されているとなると、かなり残念なお話しですが、少し見方を変えてみます。

この「効き目」が温泉巡り沐浴のリラックス効果に過ぎないのであればつまらない話ですが、「しるし」とは「験」とも表現できます。

「験」とは「霊験」に通じますので、「みそぎ」には霊験が期待されていたのかも知れません。

・・・・・・・・・・

しかし、本物の禊は「霊験」なる言葉に収まるものではありません。

普段は意識しない、いや意識できないくらいに深い意識、さらにその奥の意識にまで届く力があります。

温泉巡りリラックス効果を満喫する意識には、何も感じられないかも知れませんが‥。

・・・・・・・・・・

遠い昔、「みそぎ」とか「しるし」とか「霊験」とか、人々の口の端に上るだけでもまだマシだったのかもしれない。

ななくりせんべいと静岡茶を愉しんではいるものの、今日もまた、ため息をつくmr.poraiなのでした。

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隣町での風景

契山館静岡分会のmr.poraiです。

mr.poraiの住む西隣の「羽衣伝説」がある街には、JR東海道新幹線や東海道本線の他に、静岡鉄道(静鉄)という私鉄が走っております。

写真は、静鉄のとある駅で撮影したものです。

なにやら有名な漫画の舞台になっていたそうです。

静岡鉄道では、2019年に百周年を迎えるとかで、古くなった車両の入れ替えをはじめています。

コンセプトは7色のラインナップで、電車の写真を撮ろうと思っていたのですが‥、

どうしても人が映り込んでしまいますので、電車の色をイメージした吊り広告を撮影しました。

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実際の虹の色とは異なりますが、クリアブルーは富士山、エレガントブルーは駿河湾を表現しているとのことです。

虹と言えばスペクトラム。

スペクトラムとは、現象などがあいまいな境界を持ちながら連続していることを指すことばでもあります。

幽質界の階層の区分は、スペクトラムのような状態なんだそうです。

そう言えば静鉄のレインボーは「紫」でなく「エレガントブルー」が配され、あいまいさがより強調されているようにも思えました。。

電車ファンから見たら、取るに足りない投稿になってしまいました。

吊り広告の「虹」を見ているうちに、何となく考えが水波霊魂学に引き寄せられていったmr.poraiなのでした。

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儚き存在

会社が早めに終わって、いざ帰ろうと思うと、もう日が暮れているといような季節に成りました。

草むらでは、たくさんの秋の虫が鳴き、静けさを引き立てています。

毎朝、けたたましく鳴いていたセミ達は、いつの間にか鳴りを潜め、空高く飛んでいってしまいました。

季節は巡り、やがて冬を迎え、また春には新しい生命が育まれます。

大自然の営みは、淡々と繰り返され、本来、そこに、何の淀みも濁りも無いのでしょう。

しかし、人間は、大自然の循環に入り込み、生まれては死に、また再生を繰り返すように成りました。

しかし、人間は常に、その循環を乱し、抵抗し、破壊しようとしています。

また人間は、この世でも、あの世でも、他の生命体に犠牲を強いています。

その高度な知性によって、他の生命体が敵わない事をいいことに...。

生きるほどに罪を重ね、霊的宇宙全体の調和を乱しています。

しかし、知性では敵わないものが有る事を知りません。

それが霊力であり、神よりの御力と言えます。

真の神から見れば、人類はひと吹きで消す事も不可能では無いのです。

それ程に、真の神とは巨大な存在...。

何故、それでも人類は生かされているのでしょうか?

人も動物も植物も、凡ゆる生命体が等しく、本来、神の静かな御光に照らされている...。

その意味を、今、一度、考えてみる必要が有るのではないでしょうか?

太郎

静寂の月

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このブログの内容は契山館の公式な見解ではありません。書き込み者の自由な書き込みを期待する為に、内容については原則として分会は干渉していません。誹謗中傷など、誤解を受けるような部分がある場合等を除き、書き込みをする人達の見解を掲載しています

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