富士の風に吹かれて~契山館 静岡分会

霊的な真実を探る旅に出かけよう!

感想

『二本足の霊魂』を読みながら

mimiの散策~~解釈は人それぞれですけれど。

友人から良かったと勧められたので、ボヘミアン・ラプソディの映画を観に行きました。

主人公の栄光と挫折、そして葛藤。その中から生まれた楽曲は、力強く心に響き、人々の心を掴むようです。

それでも、音も言葉もこの物質の世界ならではのものとすると、なにか悲しさのようなものを感じずにはいられませんでした。

「この世に生れたがために・・?」そんな言葉が頭をよぎりました。

人間がこの世に生れて死をむかえ、そしてあの世で生きる、その再生を知ってしまったからでしょうか。

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『龍』を読みながら3

mimiの散策~~解釈は人それぞれですけれど。

‘この世で欲望を満たすために争ってきた人間が、その記憶のまま霊魂の世界にやってくる・・‘と、さらに著書 『二本足の霊魂』につながっていくようです。

ここにも伏線が・・?! ゆっくりと味わうように読み進めると、こんな新たな発見があるようです。

さらっと読んでしまった、その一文に、後から気が付きました。

霊的世界は広大と言われています。その一端を私たちは文章を通して享受しているわけですが、その一つ一つの言葉はパズルのようです。

いくつかが合わさって見えて来るモノもあれば、理解されずに次のピースを待ちわびているモノもあるように思います。

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『龍』を読みながら2

mimiの散策~~解釈は人それぞれですけれど。

龍の姿を実際には見たことはありません。それでも、私たちは見たことがないと言っても、なんとなく思い浮かべるモノがあるように思います。

本当に、その姿を拝見する機会があったとしたら・・「どんなに怖い格好であっても、私はあなたを受け入れます」なんて言えるでしょうか。

著書には、「大丈夫」と言いつつ、その姿を見て驚く、といった章がありました。

自分はどうだろうか?とふと思いました。拒否することはないだろうけれど、一ミリも動ぜずに、驚きの表情の一つさえせずに、と問われたら・・・ちょっと無理かもしれない・・・。

「何でも大丈夫!」と言い切れるようになるためには、何が必要なのでしょう。今の世の感覚で考えるのではなく、やはり、『その存在を心から信じること』 そこに通じるのでしょうか・・・?

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『霊魂イエス』を読みながら4 

mimiの散策~~解釈は人それぞれですけれど。

私たちの持つ、自由意思。この自由意思にはいかなる高級な霊魂も神霊も逆らえず、その人の意思を曲げてまで、手助けをするということはできません。

だからこそ、何をしてもいいというわけではないでしょうし、さらに難しいのは、自分で気づくしかないということです。

学生の頃とかは、遊んでいたツケが成績や評価に反映され反省する、なんてよくありました。でもそれは、その後の頑張りで挽回ができたり、修正もできました。

けれど、『人生をどう生きるか、生きているか』という大局に立った時、今、信仰もなく気ままに生きたツケはどこで来るのかといったら、死後のセカイへ旅立ってからになってしまうように思います。

人生に行き詰まったり、挫折した時に、何かを「気づく」ことも必要と言われますが、そういうことでもないと、私たちは気づかないのでしょうか・・?

〔信仰がない〕とは、自分を見守っている守護霊指導霊といった存在を信じていないことも、死後のセカイを否定している宗教を信じていることも含まれます。〔信じない〕とは、気づく機会を得られないままに生きてしまう、そういう怖さをはらんでいるように思えました。

◆ 『霊魂イエス 上巻』- 霊魂の世界から人々を導く


◆ 『霊魂イエス 下巻』- 霊魂の世界から人々を導く


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『龍』を読みながら

mimiの散策~~解釈は人それぞれですけれど。

実は・・一番好きな場面は、第四章の’龍の生殖’というところです。

いち修行者としては、もっと、広壮なというか、もっと宗教的なところを挙げたいところなのですが・・・。

龍の〔純粋に相手を求めあう心〕それゆえの生殖。この世で生きていると、奪う奪われる・・人の心も移り気ですし、お互いの心が分からなくなってしまうこともあると思います。〔純粋な〕なんて、二次元の世界のことのよう・・・。

でも、この幽質のセカイでの、龍の実態がそうであるとしたら、それは、もう・・なんといっていいか。ただ、ただ憧れてしまうのです。何度読んでいても、ホロリとそこで止まってしまいます。

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『霊魂イエス』を読みながら3

mimi 散策~~解釈は人それぞれですけれど。

イエス師は死後、復活という形でこの世に現れました。それは、「『死』は魂の終わりを意味するものではない」ということを身をもって示すためでした。

現代の私たちは、[宗教]という括りには、無関心になっています。ですから、そうした語りや文に出会わなければ、何も知らないままに死を迎えてしまいそうです。

多くの方が、『死後も魂は続き、生きていくのだ』と知るには、科学が証明するまで待たないといけないのでしょうか・・・それはいつになるのでしょう。

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