富士の風に吹かれて~契山館 静岡分会

霊的な真実を探る旅に出かけよう!

社会

ある修行者の独り言(「親を訴える」)

両親を訴える1

インドのテレビ局で、「同意なしに自分を生んだ」として両親を訴えようとしているインド人男性(27歳)のニュースが報じられたようです。

私はインターネット記事でこの事を知り、まずは、「世の中には、不合理な文句を付ける人がいるもんだ。頭がイカレてるのだろうか?」などと思いました。

しかし、記事の続きを読むにつれ、彼の主張に「なるほど!」と納得していきました。

彼は、両親に恨みを持っているわけではなく、「苦しみや悲しみばかりの世の中に、子供を産むことは倫理的に間違っている」と信じているようです。

インタビューでも、「生殖は、地上で最もナルシスト的な行為です。子供を作った人たちに何故子供を作ったのか聞くと、必ず最初に答えるのが『欲しかったから』という理由です。子供を生み、苦しみを味わわせるのは間違っています」と語ったようです。

彼は、親を訴えるという方法で、自分の主張を公にしたかったものと思われます。

両親を訴える2

インターネット記事によれば、インドではこういった反出生主義を掲げる人たちの活動が広がっているとの事でした。

彼らは、「子供たちに不要な苦しみを経験させるべきではない、人類は地球や環境に悪影響を与える」といった理由で、子供を生むことに反対しているようです。

ここまで来ると、私は、「ついにこういう主張が表に出るようになったか!」と、むしろ感心でした。

世の中の人は、子供を授かる事がこの世の幸せの凝縮かのように信じて疑いません。

そして、生まれた子供に対しても、生まれてきた事のありがたさを説いたり、「我々は生かされている。感謝しよう。」だのと、脳天気な事を言い続けます。

しかし、その子の人生の労苦はその子が背負うのであり、親自身ではありません。

親は、子供が競争に打ち勝つよう環境を整える事は出来ても、結局、辛さや悲しみを乗り越えていかねばならないのは、その子供自身です。

「苦難を乗り越えてこそ幸せがある」「人生嫌なことばかりではない」等といった説教も、そもそも、人生には必ず苦労があることが前提となっていますから、子供は出生によって親から苦労を押しつけられるといっても過言ではありません。

かつては、家制度を守るため、ひいては富国強兵等の国家的政策のため、出産が奨励されました。

それは、個人の幸福のためというより、制度の維持のためでした(現在でも、女性は生む機械だとか、出産を「生産」と置き換えるような人もいますが。)。

さすがに今は、家族を作ることは個人の幸福追求の結果だと考えられていますが、それでも生まれてくる者の立場には立っていません。

もちろん、生まれてしまった以上、自分の存在を肯定せざるを得ませんから、子供においても親に文句を言うという発想はなく、出生について何らの疑問も持たずに生きていくのが普通です。

「お母さん、生んでくれてありがとう。」などと述べるのも、本心からだと思われます。

両親を訴える3

しかし、このように人々が当たり前にスルーしてきたことに対し、根本的な疑問を提示したのが反出生主義の人達です。

人間社会は競争社会であり、言うなれば弱肉強食の世界です。その結果、未だかつて世界中が平和だった事はありません。

仮に自分の境遇が恵まれていたとしても、世界中には、虐げられ、恐怖や飢えの中で生活をしている人達が何億人と存在します。

そして、そういう状況を作っているのは、まさに人間自身なのですから、我々が人間というものの本性を見据えて、そこに根本的な反省を見いださない限り、永遠に平和な世界は実現できないと思われます。

しかし、人間がそういった改心をすることは、今後も期待できそうにありません。

それならば、不幸な人間を増やすべきではないという反出生主義の主張は、もっともだとも言えます。

また、人口の増加が地球環境を悪化させているのも紛れもない事実ですから、この点でも、反出生主義の主張は非常に納得できるところです。

両親を訴える4

ところで、人間は、過去何度も生まれ変わっているようです。

今の意識を持ったまま何度も生まれ変わるのではなく、幽質の身体の一部が両親の生殖によって引き寄せられ、肉体に宿ることによって、別の意識(肉体上の意識)を持つ自分が誕生するようです。

その霊的なメカニズムはよく分かりませんが、自分の意思によってではなく、再生を繰り返した結果、積み重なったカルマによって、必然的に地上に生まれてしまうらしいのです。

それ故、どこかでカルマを軽減ないし解消しない限り、来世にも生まれてくることは必至のようです。

でも、逆に言えば、カルマを軽減ないし解消できるチャンスを掴めば、再生を避けられる可能性があるという事です。

そして、このような機会があるのが、どうやら地上生活のようです。

あの世においては、たとえ必死に修行したとしても一定の限界があり、地上で作ったカルマは地上で何とかしないと、埒があかないようなのです。

そうすると、この世に生まれてきた事自体は、必ずしも不幸とも言えない事になります。

二度と再生しないための機会が与えられているという点では、幸運な事だとも言えるかもしれません。

両親を訴える5

そして、このようにカルマを軽減ないし解消するための修行法を伝授しているのが、契山館です。

当会の修行を積んだ場合、幽体も輝いてきますから、あの世でもその輝きにふさわしい世界に入り、低い世界に行くことはないようです。

それ故、これを読んで下さっている方々には、是非、この修行法を知っていただきたいものです。

せっかくチャンスに巡り会ったのに、ただただ競争社会の中で生きて、今世を終わった場合には、無駄にカルマを増やしただけとなってしまいます。

それでは、生まれてきたことが勿体ないです。

私ですか?

勿論、日々、当会で伝授された修行法を行っていますよ。  

今後も地上に生まれてくるのは、絶対にゴメンですからね。

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ある修行者の独り言(「天国の○○さん」)

雲_20190305

最近、著名人が亡くなったとき、その友人・知人等が「きっと○○さんは、天国で見守ってくれている。」等と言っているのを耳にします。

TVのレポーターや司会者までもが、天国云々を口に出していますので、どうやら、その存在を信じているか否かとは無関係に、遺族への慰めの言葉として定着してきているようです。

そして、このような表現は、遺族の心情をおもんばかってのものですから、暖かみを感じる事はあっても、嫌な感じは受けないという人がほとんどだと思われます。

ご遺族の方も、これを受けてか、「○○も、天国で応援してくれると思います。」等と挨拶する姿をお見受けしますので、このようなやり取りが葬儀での定番になっているのかもしれません。

しかし、どうも私には違和感があります。それどころか、苦々しくすら感じてしまいます。

どんな言葉を述べようと自由ですし、私がそれに対してとやかく言える立場ではありません。

でも、例えば私が、「あの世も霊魂も実在する。霊的世界には、天国かと思われるような素晴らしい世界も存在する。」と言ったら、周りの反応はどうでしょうか?

「頭がおかしい」とか、「非科学的」とか、「精神が弱いから現実逃避のために宗教に走った」等とささやかれないでしょうか?

「実はそんな人だったのか。不気味~。」とすら言われるかもしれません。

特にオーム事件以来、人の信仰心がないがしろにされ、気味悪がられる傾向が強いようです。

それなのに、こと葬儀となると、信じてもいないあの世や霊魂の存在を前提に、「天国に行った」等と言うのは、あまりにも調子が良すぎるのではないでしょうか。

信じていないのなら、葬儀だろうが何だろうが、一切、あの世を前提とした綺麗事は言わないでほしいと思ってしまいます。

花_20190305

確かに、嘘も方便ですし、人間関係を円滑にするためには、時には心にもないお世辞を言うことも必要かもしれません。

しかし、こと信仰に関する嘘や不誠実な態度、すなわち、日頃は人の信仰心をバカにしつつ、葬儀では天国という言葉を使って遺族を慰めるというのは、究極の偽善ではないかと感じてしまうのです。

それは、天に唾するような行為であって、実は非常に罪深いのではないかとすら思う次第です。

もっとも、こう感じるのは、私の心が狭いからであって、他の信仰者の方々は寛大にスルーされるかもしれませんが…。

さて、私は、霊的世界におられる高級霊魂の方々と、それを補助する霊魂の方々の存在を信じていますが、果たしてこのような方々は、最近の葬儀での風潮をどのように感じていらっしゃるのでしょうかね?

私としては、非常に興味深いところです。

By ドーン

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仮装

契山館静岡分会のmr.poraiです。

今回もぼやき節にお付き合い下さい。

ハロウィーンで暴徒化した若者の行状が、ニュース映像に流れていました。

mr.poraiがまだ若者だった頃、ハロウィーンとかいう風習は、今ほど一般的でなかったような気がします。

諸説あるようですが、ハロウィーンとは古代ケルト起源で、秋の収穫を祝い悪霊を追い出すための祭りなんだそうです。

仮装する理由は、死者や悪霊、魔女に扮するためらしく、悪霊に仲間だと思わせることで、その災いから免れる意味があるようです。

コスプレによって変身願望が満たされると、普段の自分とは違う自分が表立ってくる場合があります。

その高揚感が、暴徒化に繋がるのでしょうが、普段の自分と暴徒化の渦に身を任せる自分が違う人格かと言えば‥、

実は、そうでもなく、そうでもあり、なんだと思えます。

生き変わり死に変わり、人は複数の前世を持っているようです。

複数の前世を総称して過去世(かこせ)と言います。

生まれた時代環境も、まして異なった肉体が体験する一生涯が同じであるわけはありません。

ですが、心情としての過去世が、今の自分に影響するとき、違う自分が出現する場合も‥あり得ます。

コスプレによる変身願望が満たされ、暴徒化した群衆の熱狂的雰囲気が、過去世の心情を表立たせるスイッチとなる‥、これこそ霊的カルマが発現した瞬間だと思えます。

・・・・・・・・・・

今、地上には、あの世から逃げてきた霊魂があふれかえっているそうです。

◆ 『人類は消滅すべきか』 - 人類を救うために平凡な霊魂が立ち上がる


そのような霊魂に、肉体の眼(肉眼)はありませんので、死者や悪霊に扮した人間の姿につき、ハッキリと見て取ることは難しいでしょう。

しかし、ハロウィーン騒ぎの想念については、なんとなく読み取っているかも知れません。

想念の読み取りを経て「死者や悪霊と言ってもこんな程度か!」といってせせら笑い、さらに大きな災いを巻き起こそうと、霊的に画策しているかも知れません。

ハロウィーン騒ぎからほど遠いところにいるmr.porai、今日もため息をつきつつ、何かとぼやいている次第です。

写真がないのもさびしいですから、mr.poraiの生活圏から過日撮影した富士山(2018/10/29)を添えます。

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粗食≠粗飯

契山館静岡分会のmr.poraiです。

今回もmr.porai節にお付き合い下さい。

ネットニュースを見ておりますと、うんざりするような記事に出くわすことがあります。

『中年独居男の貧乏飯 食事は安価な炭水化物ばかり 空腹を満たすのみ』

この男性、20歳代でパワハラに遭い正社員退職。

メンタル不調で10年近く実家で引きこもり。

その後メンタル面で若干の改善があり、時短勤務ならできるようになったので、何とか工場アルバイトを見つけ、実家を出てアパートで独居。

フルタイム働く体力・気力もなく、メンタル不調が治ったわけではない。低額な賃金のほとんどはアパート代に消え、食費は月に2万円程度。

さて、このような生活環境では、食事の栄養バランスなどを気にする余裕もなくなり、飢えないための最低限の食事を摂るのがやっとになってしまうでしょう。

「私にとって、食事とは家畜がエサを食べるようなものだ」という思いには、憤懣やるかたない、社会への怨嗟が感じられます。

このような環境にある生活者の一部には、然るべき福祉に出会うことができれば、大きく状況が変わる可能性がある人も見えるでしょう。

社会福祉を受けるには、「必要とされる条件(要件)を満たすこと」が必須です。

ですが、社会福祉を受けようかという人にとって、自身が要件を満たしているかどうか判らないのはもちろんのこと、

さらには自分のニーズに合致した福祉の存在に気づけない方も多いでしょう。

でも、黙っていては誰も助けてくれません。

この国では「申請主義」をとっています。申請しなければ、行政は「何があったか判りません」。自分からアクションを起こす必要があります。

行政では定期的に「士業者による無料相談」を開催していますので、それを利用するのもひとつの案です。

まぁ無料相談ですので、限界はあります。法と規則に基づいた概要こそ教えて貰えるでしょうが、無料ではそれが限界というもの。

どうしても自分自身の力で必要な福祉を引っ張ってくることができなければ、たとえお金が掛かっても、有資格者の力を借りてゲットすべきでしょう。

何も手を打たないで「なぜ助けてくれないんだ!!」と怒っていても、苦境は一向に解決しません。

これは、霊的な分野でも、当てはまる事項なのです。

この世を生きる苦しみに悩まされておられる方は「契山館の門を敲く」ことから始めて下さい。

このブログにリンクが貼ってあります。「霊を探る」等々、無料で閲覧できるホームページを覗くことから始めて下さい。

霊的な事実を知るための良著は、kindle版だけでも7冊、でております。

【龍】 【神体】 【神伝禊法】 【霊魂研究へのいざない】 【死後まで続く幸福のために】 【ネコの死後はどうなるの?】 新刊【二本足の霊魂】

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kindle版なら千円弱出せば、1冊入手できます。

2万円の食費から千円出すのは、確かにしんどいです。ことによると、ネットに繋がることすら難しい場合もありましょう。

霊的な知識でお腹が膨れるわけではありません。

しかし、霊的に救われる方向性が定まれば、生活態度に変化が兆す場合もあり得ます。

霊的な勉強に、多少のお金は掛かりますが、決して法外なものではありません。

法と規則の遵守は当然ですし、もちろん公序良俗に反することは、一切しておりません。それが契山館の基本姿勢ですのでご安心下さい。

最後に今一度申します。

いいまっせ、ごめん!!

何も手を打っとらんのに「なぜ助けてくれへんのや!!」と怒っても、苦境は一向に解決しまへん!!

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このブログの内容は契山館の公式な見解ではありません。書き込み者の自由な書き込みを期待する為に、内容については原則として分会は干渉していません。誹謗中傷など、誤解を受けるような部分がある場合等を除き、書き込みをする人達の見解を掲載しています

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